夏休み、実家に帰省された方も多いだろう。

 

かつては大きく感じた親の背中が小さく見えたり、性格も丸くなったように感じたり、その変化に気づくことも多い。また自分自身が子を持つことで、親の偉大さに今更ながら思い至ることもある。現役医師で作家の鎌田實先生も両親との思い出を大切に生きる一人。著書『新版 へこたれない』から、ご両親の思い出にまつわるエッセイを一部抜粋してご紹介しよう。

 

この夏は忙しくて実家に顔を出せなかったという方、年末こそは是非に!

ぼくが小一の頃、母さんは心臓が悪くて、いつも入院していた。母さんの病院のベッドにもぐりこむと、母さんが、ぼくの耳を掃除してくれた。気持ちがよかった。ぼくにとって、耳は聞くことよりも、大切な役があった。母さんとつながる大切な役。母さんは病気の時は、子どものぼくに何もできなくてさびしそうだった。ぼくが母さんを守るんだって思った。ぼくは母さんの膝の上に耳をおいた。

 

父さんはタクシーの運転手をしていた。母さんの入院費をかせぐために夜遅くまで働いていた。ぼくは、いつも一人でさびしかった。

 

一人ぼっちにならないように、まわりの人にかわいがってもらえるように、貧しくても、家族がそろうことは少なくても、どんな時でもオタオタしないように生きてきた。

 

まわりの人に助けられて生きているのは、子ども心にもわかった。いつも一人だけど、一人じゃないって教えられた。小さな人間だって必死に空気を読んでいるんだ。生きぬくために。

 

父さんは仕事と家事に疲れていて、いつもこわかった。父さんから褒めてもらったことはなかった。父さんのことを好きになれなかった。父さんの名前がすごい。岩次郎。名前のとおりに頑固な人だった。父さんが母さんを背負って、なげださないで生きているのを知っていたから、どんなに怒られても、ぼくは父さんのことをすごいと思っていた。子どもはちゃんと大事なことを見ているんだ。

 

一つだけ、いい思い出がある。父さんは夜中、疲れて遅く仕事から帰ってくる。そんな時、東京の環七(環状七号線)に面した定食屋へぼくを連れて行った。

 

「實、何食べたい」っていつも聞いてくれた。父のやさしさだってあとから気がついた。いつも同じ答えだった。モヤシイタメ。一番安かった。

 

一皿のモヤシイタメを二人で分けあう。貧しかったけど、豊かだった。家にはお金がないのは知っている。小一の子どもの心だって、空気を読んでいた。

 

あれから五十年、亡くなる少し前、岩次郎がしみじみと言った。

 

「おまえ、モヤシイタメが好きだったなあ」

 

父さんは覚えていてくれたんだ。うれしかった。ぼくは苦しまぎれに「うん」と答えた。

 

本当は卵焼きが食べたかったとは、父さんがあの世にいくまで言えなかった。

 

もう一つ、もう一つ言えなかったことがあった。

 

「コワカッタケド、父さん、ありがとう。おかげで空気が読めるようになりました」

※この記事は『新版 へこたれない』より一部を抜粋して作成しました。

 

【書籍紹介】


『新版 へこたれない』(鎌田實/光文社知恵の森文庫)
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医師として国内外で精力的に活動する著者が出会った、数々の命の輝き――。著者自身の幼少期の父との思い出や、末期がん患者から小学生への“最期”のメッセージ、「体は不自由だけれど、私は自由だ」と語る脳性麻痺の女性患者との出逢いなど、ポジティブに、へこたれずに生きる人々をあたたかなまなざしで描く、珠玉のエッセイ集。読後、きっと暖かな涙があなたの心を洗い流す、現役医師にして人気作家・カマタ先生の“元気が出る”一冊。

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