「あと数年で、やっと漁業を本格操業できるかというときに、なぜトリチウム水を海に流すのか。絶対に反対です!」(福島県・相馬郡在住の参加者)

 

そんな意見が飛び交い、会は紛糾――。これは経産省・資源エネルギー庁(以下、経産省)が8月末、福島県と東京都で開いたトリチウム水の処分に関する公聴会でのことだ。

 

いまでも、溶け落ちた核燃料の冷却が続いている福島第一原発では、トリチウムなど高濃度の放射性物質を含む汚染水が発生し続けている。

 

東電は、この汚染水をALPS(アルプス)という放射能除去装置でろ過し、トリチウム以外の放射性物質は、ほぼ除去できていると主張してきた。除去できずに残るトリチウム水は、タンクに貯蔵し、福島第一原発の敷地内で保管している。その量は、今年3月時点で約105万立方メートル(タンク約860基)に及ぶ。

 

増え続ける汚染水に頭を悩ませてきた東電や経産省は、13年から有識者委員会を立ち上げ、処分方法を検討してきた。そこで「安価で簡単な方法」として有力視されてきたのが、海洋放出なのだ。

 

「トリチウム水を保管するタンクの建設は20年末まで予定されているが、タンクの置き場がなくなってきている。タンクが増え続けると廃炉作業に差し障る」

 

経産省の担当者は公聴会で、トリチウム水の処分を急ぐ理由をそう説明した。東電や原子力規制委員会(以下、規制委員会)を取材するジャーナリストの木野龍逸氏は、放出を急ぐ背景を次のように語る。

 

「東電や経産省、それに本来は原発の安全性を厳しく審査する、規制委員会の意向です。規制委員会の田中俊一前委員長は、早い段階から、『薄めて海に流せば問題ない』と発言していたし、東電も12年には、『永遠に溜め続けることはできない』と会見で言っていました」

 

そもそも、処分を急ぐ必要はないという専門家も少なくない。

 

原子力発電所の設計に携わってきた技術者の後藤政志氏は「石油備蓄用の10万立方メートル級の大型タンクに入れ替えれば100年は保管できる。その間に、放射能の影響も少なくなる」と提唱し続けている。

 

ではなぜ、海洋放出を急ぐのか。

 

「五輪招致で、安倍首相が『汚染水の影響はコントロールされている』と発言した手前、東京五輪前に処理の目処をつけようという経産官僚の忖度が働いている」

 

こう分析する元・経産官僚の古賀茂明氏は、規制委員会の問題も指摘する。

 

「環境省の外局である規制委員会の職員の大半は、原発を推進する側の経産省からの出向者です。経産省から来た幹部職員は経産省に戻れないという、規制委員会の独立性を担保するためのルールは形骸化し、いまは行き来し放題。だから規制委員会は経産省の意向に沿って動いてしまうんです」

 

経産省に、こうした異論があることを伝えて見解を聞いた。

 

「海洋放出ありきではありません。公聴会などでいただいた意見を元に、再度、有識者委員会で、期限を決めずに議論したい」

 

また、処理開始の時期についてはこう語る。

 

「東京五輪前なら、世間の目がそっちに向けられるかもしれないが、逆に注目が集まって風評被害が大きくなる可能性もある。どちらに働くか、議論する必要がある」

 

と、五輪前に処理をする可能性を否定しなかった。

 

規制委員会の更田豊志委員長は9月5日の定例記者会見で「タンクがある限り、福島第一原発の風景は変わらない」と述べ、早期の海洋放出の必要性を示唆。

 

規制委員会に適切な処分時期について考えを訊くと、担当者は「事業主体の東電が決めること。当局は、決定に基づき厳格に審査する」と述べ、東電の決断を促した。

 

公聴会で反対意見を述べた福島県の漁師、小野治雄さん(67)は、改めてこう語って怒りを表した。

 

「今年7月にも福島県沖で採った試験操業のヒラメから、自主規制値を越える放射性セシウム137が出て出荷がストップしたばかり。保証金をもらっているからいいだろうという人もいるが、人間、仕事がないと心身ともにダメになる。未来の世代に、汚染のない福島の海を残してやるのが大人の務めだ」

 

リスクを過小評価して、スケジュールありきで放出を急ぐことは許されない。