「45年前、東京女子医科大学を卒業するとき、女子大なのに教授は男性医師ばかりで、少数の女性教授は、大部分が独身でした。出産や育児を我慢して働かなければ、教授などトップを目指すことはできないという雰囲気は、現在も変わっていないと思います」

 

日本女医会の副会長を務める、スワミチコこどもクリニック院長の諏訪美智子さんが語る。東京医科大学で女子受験生の入試点数が意図的に操作され、不合格にされたのは、出産・育児で男性医師と同じように働けない女性医師を、医療現場が敬遠しているためだとみられている。最近では「女性医師の手術」に言及した男性週刊誌の記事も注目された。

 

「だから私は、女性医師の割合も高く、育児環境が整った海外に出ようと決意しました」(諏訪さん)

 

だが、現在は、諏訪さんのように、旧態依然とした男性社会で自分なりの活路を見いだし、第一線で活躍するママ医師が少なからずいる。そんな、若い女性医師が“お手本にしたい”と思うようなスーパードクターに話を聞いた。

 

■小内友紀子さん(48)・福島県「常磐病院」

 

「月~木曜まで、福島県の病院の泌尿器科で外来や手術に携わっています。木曜の診察が終わってから、家族のいる東京の自宅に帰宅。金曜日は埼玉の病院で外来をして、日曜日の夜に、再び福島へ戻る生活です。高2の長女からは“母親が単身赴任なんて珍しい”とときどきイヤミを言われますが」

 

朗らかな笑顔が印象的なのは常磐病院に勤める医師、小内友紀子さん。東京女子医科大学卒業後に、泌尿器科に進んだ。

 

「外科系なのに、他科に比べて結婚して子どもがいる女性医師が多かったので、女性も働きやすいのだろうと思ったんです」(小内さん・以下同)

 

大学病院では、子育てをしながら外来や手術に奮闘。女性専門の排尿障害外来の立ち上げにも携わった。当初は大学病院で働き続けるつもりだったが、3年ほど前に心境の変化が――。

 

「大学なのに、論文を書くことも後輩を指導することもない中途半端な立場でした。排尿障害専門、がん専門と専門性が強い大学病院では、広い分野の手術は経験できません。それで閉塞感を感じ始めていました」

 

そんなとき、福島県いわき市にある常磐病院にいた先輩から「うちなら好きなように働けます」と誘われた。当初は、家族が東京にいるのだからと諦めていたが、次女が中高一貫校に入学したことが大きな転機となった。

 

「高校受験のサポートも必要がなくなって、単身赴任も可能になったと一大決心しました。でも、長女には猛反対されて……」

 

ただ、最後には「50歳を目前にして、医師として最後の挑戦をしたい」という母の思いを受け止めてくれた。

 

「諦めたのかもしれません(笑)。そして今は、しっかり家事のサポートをしてくれています。平日の朝は、長女がご飯を炊いて、私が作り置きしておいたおかずを2つのお弁当箱に詰めて学校へ。毎日電話で“ガールズトーク”しているので、距離は離れていても心は近くにあると感じますね」

 

そんな家族のバックアップに感謝しながら、改めて医師という仕事にやりがいを実感している。

 

「排尿障害に悩む女性患者のニーズが高い女性医師は、いわき市ではまだ少数。患者さんに心から喜ばれるという瞬間は、本当に医師冥利に尽きますね」

 

多くの患者に必要とされ、経験を積み重ねることで技術も磨ける。小内さんの目は輝いていた。

 

小内さん以外にも、医療現場の“変革”に前向きに取り組んでいる女性医師たちは大勢いる。これからますます「女性が働きやすい病院」が増えていくことに期待したい。