年金探偵が警鐘「結婚前に働いていた人も消えた年金を疑おう」
“年金探偵”こと、社会保険労務士で年金コンサルタントの柴田友都さん

持ち主が判明していない年金記録はいまだ1,800万件も……。関係ないと思っていたのに、実は自分や家族にもらい損ねた年金があった例も多い。専門家に聞く消えた年金の見分け方ーー。

 

「『女性自身』の記事を見たという方から、『私も探してほしい』という相談が7件寄せられました。そのうちの1人は、亡くなったお父さんの“消えた年金”を探し出し、年金4,000万円を受け取ることができました」

 

そう語るのは“年金探偵”こと社会保険労務士で年金コンサルタントの柴田友都さんだ。信用金庫に勤めていたころから、「請求もれ年金相談」を研究。行方不明の年金の専門家として、これまで5,000件の“消えた年金”を探し当ててきた。

 

’17年9月26日号の本誌で紹介したところ、読者からの問い合わせがあり、実際に年金が見つかったケースが相次いだという。“消えた年金”とは、’07年に持ち主不明の年金記録が約5,000万件も存在することが発覚し、社会問題となったことを指す。

 

そもそも“消えた年金”はなぜ生まれたのだろうか。

 

「かつて年金の記録は手書きで紙の台帳に記載されていました。’80年代から年金記録はコンピュータで管理されるようになりましたが、紙の台帳から正しく統合されなかったり、コンピュータに統合されるときの入力ミスも多かったりしたんです」(柴田さん・以下同)

 

現在でも、持ち主不明の年金がおよそ1,800万件残っているという。特に“消えた年金”が多く埋もれているのが、昭和17年(’42年)〜昭和36年(’61年)の期間だ。

 

「戦時中の昭和17年にスタートした厚生年金の前身である『労働者年金保険』から、国民年金の始まった昭和36年4月までの厚生年金に関しては、年金手帳が従業員に配布されていなかったこともあり、もらっている人が少ない。厚生年金に加入していたことすら知らない人もいるのです」

 

今回、『女性自身』の記事を見て、柴田さんに問い合わせた読者の中にも、同様の人はいた。

 

洋子さん(仮名・65)の父は昭和4年(’29年)生まれの90歳。戦時中に軍需工場で働いていた記憶はあるものの、ずっと工場名がわからなかった。依頼を受けた柴田さんは、「戦時中に沼津の軍需工場に終戦まで勤めていた」という洋子さんの父の記憶を頼りに年金を探し当てた。

 

「ある航空機のメーカーが、当時沼津で航空機を生産していたことが判明しました。年金事務所で、社名を問い合わせて、お父さんの厚生年金を見つけました」

 

自営業だった洋子さんの父は、それまで国民年金のみ受給していたが、厚生年金分の1万2,000円(2カ月分)が加算されることに。さらに、60歳の受給開始まで遡り年金を請求し、約200万円を受け取った。

 

洋子さんの父のように、戦時下で徴用されて働いていた人が、知らないうちに厚生年金に加入していたケースは多い。もちろん、戦後でも同じようなケースはある。

 

本誌を読んで柴田さんに問い合わせたよしこさん(仮名・64)も、義父が会社に勤めていたことが発覚し、義父の厚生年金と義母の遺族厚生年金を取り戻した。100歳の義母は涙ながらに喜んだという。

 

「転職が多かった人や、結婚前に働いていた女性も、厚生年金が埋もれている可能性があります。昭和30〜40年代にパートに出ていた人が、じつは厚生年金に加入していたケースもあります」

 

もしかしたら、あなたの両親やあなた、夫の年金も埋もれているかもしれない。柴田さんの作成した、次のチェックリストで確認してみよう。

 

□戦時中に、軍需工場、挺身隊などで働いたことがある
□戦前から戦後にかけて、民間会社に勤めていたことがある
□配給品を扱う商店、組合に勤めていたことがある
□米軍キャンプで働いたことがある
□昭和34年1月以前に農業会(現・農協)に勤めたことがある
□結婚前に会社に勤めていた
□転職が多かった
□公務員になる前後に民間会社に勤めたことがある
□勤めていた会社が閉鎖、倒産、合併、社名変更した
□パート、アルバイト、夏や冬だけの職場で働いたことがある
□家族や親せきが経営する合資、合名、有限、株式会社で働いたことがある
□自営業をはじめる前に会社に勤めていたことがある
□夜間学校に通いながら、会社勤めをしたことがある
□日本年金機構から「あなたのものと思われる年金記録があります」という通知をもらったが、そのままになっている

 

「もし、チェックリストにあてはまる項目があるなら、“消えた年金”の可能性を疑ってほしい」(柴田さん)

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