野澤亘伸はなぜ世界で20年間、子供の貧困を撮り続けるのか
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ある時期は、週刊誌のスクープ・カメラマン。またある時期は、アイドルの写真集を60冊以上手がける海パンカメラマン。そして昨年には将棋の棋士を撮影&執筆した『師弟 棋士たち魂の伝承』で第31回将棋ペンクラブ大賞を受賞。数多くの顔を持つ写真家・野澤亘伸さん(52)の「もう一つの顔」を知る人はあまり多くはない。世界を巡り「子供の貧困」問題に立ち向かう「フォトジャーナリスト」の顔だ。

 

野澤さんが7月10日に刊行した新刊『この世界を知るための大事な質問』(宝島社)は、日本ユニセフ協会の現地視察に20年前から同行し、世界の紛争地やスラムなどの貧困地域を撮影してきた彼の「フォトジャーナリスト」集大成ともいえる一冊。記憶に残る各地の写真をもとに世界の子供たちの貧困問題をQ&A方式でかみ砕いて解説し、現地で取材した少年少女たちの逸話や、ユニセフ協力によるファクト集も掲載している。

 

野澤さんが「子供の貧困」問題を深く考えるようになった契機は、20数年前に初めて行ったカンボジアで、ある国会議員が、子供たちにおこなった行動を眼前にした時に遡るという。野澤さんは当時をこう振り返る。

 

「ランドクルーザーに集まってくる子供たちに、国会議員が窓からお金を撒いていたんです。日本では絶対に見ない行動なので驚いていたら『今日生きるのがやっとの人たちに、自分ができることをしているだけだ』と言われて、「そうだよなぁ」と思いました。取材して報道しても、貧しい人たちの生活がすぐに変わるわけではない。彼らにとっては、今日ご飯を食べられることの方がずっと大事なことです。自分がしていることが無力に感じて、虚しさを覚えたんです」

 

2000年、日本ユニセフ協会が内乱から半年後の東ティモールに視察に行くことになった。当時、野澤さんが契約していた週刊誌が同行取材することになり、野澤さんは初めて現地へ赴く。

 

「その取材成果を日本ユニセフ協会と大使のアグネス・チャンさんがとても気に入ってくれて、翌年から私に直接同行依頼がくるようになったんです」

 

以来、定期的に世界各地の貧困と対峙するようになった野澤さん。世界の貧しい少年少女とのエピソードは尽きないが、そのなかでも特に思い出深い記憶を聞いた。

 

「ブルキナファソで会った街灯の明かりで勉強をする少年。彼の家は狭く、弟や妹がいて勉強する場所がない。夜、家の手伝いが終わった後、いつも道端の明かりの下でノートを開いてその日の授業の復習や明日の予習をする。アフリカでは学校へ通えるだけでも、恵まれているのだと思います。『将来は高校の物理の先生になりたい』と話していました」

 

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