「人は感情や生理反応を直接変えることはできません。でも、思考と行為から変えることで、感情と生理反応を変えていくことができるのです」
パソコンの画面に並ぶ参加者にそう語りかけるのは、ファシリテーターを務める中川拓さん(52)。その日の参加者は男性3人。拓さんの妻・亜衣子さん(41)も、夫と並んで、参加者の話を注意深く聞いていた。
これは、中川夫妻が始めた52回の「虐待・DV加害者向けの予防・更生プログラム(有料・要予約)」。DV被害者のための支援プログラムは数あるが、加害者を対象としたものは珍しい。その日はオンラインだったが、対面でのプログラムも用意されている。
実は、拓さん自身もDV加害者だった。被害者は亜衣子さんだ。当事者だった2人がそれを乗り越え、今年2月、一般社団法人「エフエフピー」を立ち上げて、加害者の更生と救済に当たっている。
「DV加害者は悪魔でも精神異常者でもないし、人は変われるんです。もちろん私は、かつて恥ずかしいことをしました。これからも一生、DV加害者として生きていかなければならない。でも、学んで、変化した。DVとは、関係性の問題であり、身近にあるんです。その現実は伝えなければなりません。語れるのは加害者です。だから、私は名前も顔も出し、エフエフピーを立ち上げたんです」
そう言うと、拓さんはふっと傍らにいた亜衣子さんに目をやった。
「活動ができるのは、亜衣子さんのおかげです。彼女がいたから、加害者としての自覚を持てました」
現在の二人は、仲睦まじい夫婦にしか見えない。しかし以前は、まったく違ったという。
ある日の夕食時。亜衣子さんがとんカツを食卓に並べていた。テーブルについた拓さんは、食卓にソースが出ていないことに気づく。
「ソースが出ていないじゃないか」
傍から見れば、そんな些細なできごとで、拓さんはキレた。
「とんカツのときは、あらかじめソースを出しておいてほしいと俺は何度も言っていた。俺からすれば、要望は伝えているんだから、守らない彼女が悪い。俺の話を聞いていないとなり、俺はバカにされているという思考回路。で、俺のことを愛していないんだ、と。
『正しいのは自分』なんです。それを聞いてくれない。俺はずっと寂しいし、つらかったんです。怒った後は、謝ることもありますが、『正しいのは自分』なので『優しくしてやろう』という気持ちでした。自分が悪いだなんて、つゆほども思っていませんでした。今思えば、自分に自信がなかったんだと思います」
「話し合いでは勝てないし、といって、このつらさを抱え続けることはもうできない」
追い詰められた亜衣子さんはひそかに家を出る決心をする。
「田舎は道が少ないので、普通に歩いていたら見つかると思い、裏山の崖を登っていったんです」
夫に見つかったらただじゃ済まない。そんな恐怖にかられて、亜衣子さんはわが子を抱えて崖を登り、警察に電話を入れた。場所を伝えるとパトカーが迎えにきてくれた。
警察署で1〜2時間、これまでの経緯を話すと、警察官が言った。
「それは立派なDVです」
「そこで初めて、私はDV被害者なんだって自覚できたんです」
その後、拓さんは家族の不健全な関係を修復するサポートを行うNPO法人「ステップ」にたどりつき、少しずつ変わっていった。行きつ戻りつしながらも、現在は離婚の危機を乗り越えた夫婦。立ち上げたエフエフピーは、加害者更生プログラムが軸だが、問い合わせのほとんどは被害者からだ。
被害者が意を決して行動を起こさない限り、加害者は自分が加害者だとは気づけない。
「DV問題の解決の鍵は、被害者のほうにあるんです。いま、僕がこうしているのも、亜衣子さんの決心に引っ張られたからです。家を出る、家に戻る、再同居をする。エフエフピーを共にやる。すべて彼女が自分で決心し、行動してくれた。彼女の決心と行動のおかげで、僕は自分が加害者だと気づいた。加害者になれたんです。そこから自分と向き合うことができた。彼女には、もう感謝しかありません」
亜衣子さんもこう続ける。
「この関係をキープしたいですね。私と拓さんと子ども、それぞれがまず自立した人間であるという前提のうえで、関係を構築したいです」
互いを見つめ合う視線には、相手に対するリスペクトがあった。
「俺の人生を救ってくれてありがとう」
「これからもよろしくね」
そんな一瞬を、1日を、今日も明日も丁寧に積み上げていくーー。
「女性自身」2020年12月22日号 掲載