岩下志麻が語る北条政子像 多くの女性を庇護した“哀しい母親”
画像を見る 「鎌倉殿の13人」で北条政子を演じる小池栄子さん

 

■政子は御台所として弱い立場の女性たちを庇護し続けた

 

「女性としては愛する頼朝と結ばれ幸せだったでしょうが、出会ったがために権力闘争にも巻き込まれ、子も失った。母親として、これほど哀しい人生はありません」

 

語るのは、43年たった今なお名作と呼ばれる大河ドラマ『草燃える』で、北条政子を演じた女優の岩下志麻さん(81)。

 

「『草燃える』でも、政子である私がどんなに長男を思っても、郷ひろみさん演じた頼家は、決して心を開いてはくれませんでした。当時、乳母は大きな存在で自分で育てることはできなかったけど、母親にとっては血のつながったわが子ですから、相当つらかったと思います。

 

政子を演じて思ったのは、まっすぐな人。激しい強い女と言われながら亀の前にあれだけ嫉妬するのも、一本気なかわいい一面でもあります。またほかの女性たちの面倒を見たりして、思いやりもある人ですよね」

 

岩下さんの言うとおり、政子が御台所、尼将軍として弱い立場の女性たちを庇護し続けた事実も、また見逃されがちだ。 「(御所の女房だった)大進局が頼朝との間にできた男の子を産んだとき、政子は局を追い出し、子供は出家させました。やがて、その子は高位の僧となります。そして政子自身も尼となったときに、自分の仏教の師のように遇する。あれだけ憎んだ人の子なのに、生涯、心の交流を続けたんです」

 

と話すのは、女子美術大学付属高等学校・中学教諭で日本史研究家の野村育世さん(61)。

 

鎌倉歴史文化交流館学芸員の山本みなみさん(32)は、

 

「政子は、(頼朝のいとこで、深い対立関係にあった)義仲の妹の宮菊を養女にまでして経済的支援を続けました。義経の愛妾の静御前も頼朝の怒りからかばいました。さらに親族の女性たちの縁談や養子縁組も面倒を見たり。御台所としての役割でもあったでしょうが、持って生まれた慈悲深さも感じます。

 

一方で、夫の頼朝は多くの殺生を行っています。それを間近で見ていて、自分には何ができるかをいつも考えていた人だと思うのです」

 

1219年、右大臣の拝賀式の日のこと、政子の子供のうち唯一生き残っていた実朝が、頼家の次男・公暁により「親の仇」として暗殺される。政子にとって、命を懸け産んだ実朝の死は同時に、4人のわが子すべてを失うことだった。

 

しかし、この政治家としての最大の難局において、政子は自ら動いた。朝廷との交渉の末に、源氏と血縁にあるまだ2歳の三寅を連れてきて4代将軍とし、自分がいわゆる中継ぎをして、政権の移行を無事に成し遂げたのだ。

 

続いて、その朝廷との戦となった承久の乱では、

 

「(頼朝の)恩は山よりも高く、海よりも深い」

 

という尼将軍政子の「大演説」により、御家人19万人の気持ちを一つにして朝廷軍を打ち破った。

 

その3年後、長い間、政治のパートナーとして一緒に歩んできた弟の義時が62歳で没する。

 

「葬儀を取り仕切ったのは政子だと思います。初代将軍であった頼朝の墓の隣に、義時の墓を造るというのは、政子でないと言い出せないでしょうから」(山本さん)

 

政子が、当時としては長命の69歳で亡くなったのは、その翌年だった。最近になって、死の間際のやり取りが判明している。

 

危篤状態の政子に、義時の長男で、彼女自らが執権に据えた泰時が、尼将軍亡きあとの身の振り方について言う。

 

「自分も出家します」

 

すると政子は、声を絞り出すようにして、

 

「天下を鎮守することが、恩に報いることになるのです」

 

と、諫めたというのだ。

 

「後家の力を発揮し、最期の瞬間まで、夫の頼朝と作った幕府を見守り続けた政子でした」

 

と山本さん。女性の歴史研究者たちは、政子の業績を正当に評価すべきと口をそろえる。野村さんも、

 

「長い間、日本の歴史を研究してきて、政子こそ、女性の権利を保護しようとした最初の女性政治家ではないかと思うのです。泰時の定めた御成敗式目には、女人養子(子のいない女性が養子をとって所領を譲ること)を認めるなど女性への配慮も見られます。政子の思いは、確実に後世に受け継がれました」

 

自らが子をすべて失うなどしてきたからこそ、政子は周囲の女性たちの痛みも、わが事として感じられたのだろう。

 

〈母が嘆きは浅からぬことに候〉

 

大姫を亡くした直後、政子が手紙に書き記した一文に、母の深い悲哀が凝縮している。政子が建立し、国宝ともなっている和歌山・高野山の金剛三昧院の多宝塔には、政子とともに実朝の骨が埋葬されているという。

 

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