■利用者の話に合わせていると、その人がどんな人生を送ってきたか分かり、会話の糸口に
「勤務は朝の10時から17時30分まで。お昼を食べるときを除いて、私、ほとんど休まんのです。自分で言うのもなんやけど、よう仕事してますよ(笑)」
80歳まで施設長を務め、現在は顧問として月・水・金の週3日の勤務。6時間半をかけて各施設を回り、利用者への声かけの「ラウンド」を続ける。
「まあ、かっこよく横文字でラウンドなんて言いますけど(笑)、私は、もう70年以上、ただ現場が好きやから回っているだけ」
その仕事ぶりに密着した日も、濃紺の制服姿の細井さんは、ほとんど立ちっぱなし、動きっぱなしだった。
大谷直美さん(55)は、同施設の設立時から細井さんと共に働くベテランの介護スタッフだ。
「私が細井顧問から最初に教わったのは、『相手を敬う心』でした。その一つの表れが、目を合わせての会話です。
それを思うと、コロナ前は、この談話室のテーブルも円形に配置され、みんなの顔も見え、コミュニケーションも取りやすかったのが、今は全員が前を向く教室のような配置なのが少し残念です」
当の細井さんは、いつもと変わらず、マスク姿で利用者との会話を続けていた。
「挨拶一つから、その方の状態がわかる。昨日まであった返事がなかったり、逆に妙にテンションが高いと、熱があったり。
誰もがいちばん反応するのは、やっぱり、お母さんの話やね。100歳近い女性が『お母ちゃんが家で心配しとるから、はよ帰らんと』と言う。80代の男性は『さっき、おふくろにゴツンとやられた』とニコニコ頭をさすってる。ああ、きっとやんちゃ坊主だったんやろうなと想像しながら聞くんです。
無理に話を合わせようともしません。つじつまが合わん話には、一緒にケタケタ笑ってます。
そうやって話してるうちに、その人にどんな家族がいて、どんな人生を送ってきたかがわかり、その後の会話の糸口にもなります」
そう語りながらも、利用者の湯飲みをチェックしながら、こまめにポットとテーブルの間を往復する細井さんだった。
ずっと気になっていたことを、尋ねてみた。自分より年下の利用者を介護することを、どう感じているのだろうか。
「私は、お相手が年下とか年上とか、認知症であるかなどは、あまり考えません。それ以前に、まず一人の人間として向き合おうと思ってるだけなんです」