「女3人でじっくりていねいに」滋賀県・池内農園が“無農薬無肥料”の米づくりと向き合うまで
画像を見る 次女の陽子さん(撮影:小松健一)

 

■どんな作業もじっくり、ていねいに。母の背中に学ぶ自然農法との向き合い方

 

少女時代から、自他ともに認める行動派だった長女の桃子さん。外国語短期大学を卒業以降は、さまざまな経験を積んでいく。

 

「19歳のとき、初めて行った海外はフィリピン。そのときに感銘を受け、海外ボランティアがしたいという夢を抱き続けていましたが、SARSの流行によっていったんは夢を断念して就職。ですが、母はその夢をいちばん応援してくれていました。母に背中を押され、お金をためてアメリカとカナダに留学し、現地でボランティア活動もしました」

 

24歳で帰国すると、「夢を応援してくれた母のために親孝行ができたら」という思いで、自然農法を伝える手段として料理の道へ。

 

「飲食店で働いているとき、お客さまに『この食材はどのように作られたのか』と質問をされたことがありました。そのとき、食材の魅力を伝えるには、実際に生産して、その食材の背景を知ることが大切と気づいたんです。

 

それでも母の苦労が頭をよぎり、農家になる決断はできずに悩んでいました。そのころ知り合ったのが、日本に来られていたイタリア人のオリーブ農家さん。相談すると、彼女は『あなたの魂が喜ぶことをしなさい』と。それで母と一緒に働こうと、まさに腹をくくって就農を決断しました」

 

そうして2010年、29歳で池内農園に就農を果たすが、現実は想像をはるかに超えていた。

 

「ずっと室内の仕事だったのが、今度は外の重労働でしょう。まず体がきつくて、1年間で5kgほど痩せました。自然農法では、夏場の草取りも、はいつくばっての作業でしたから、腰痛になるし。あとはもう、母とバトルの日々。私なりに考えて『お母さん、が料理を作るから、もっとたくさんの人に農園に来てもらえるようにしたらいいんじゃない?』と言えば『まずやってからものを言え!』と母に言われ……。このひと言は、ズシンと重かったです」

 

次第に母を師匠と仰ぎ、その一挙手一投足を目で追うようになって、背中を見て学んでいった。次女の陽子さんに、「お姉ちゃん、ずっとお母さんのこと目で追いかけてるね」と、驚かれたことも。

 

「そうすると、どんな作業でも母がじっくり、ていねいに、時間をかけている意味がわかったんです。決して非効率なのではなく、すべて意味のあることなんだと。母を追いかけ続ける生活が10年ほどたったとき、ようやく、自然農法のことが少しわかるようになってきました。それでも、日々自然環境は変わるので、毎年“1年生”という気持ちは変わりませんが」

 

34歳のときには、地元出身のサラリーマンと結婚。

 

「家庭を持つにあたっては、母がそうしていたこともあり、ふだんの生活(家事)もちゃんとしようと決めていました。毎日多忙な私を支えてくれている夫にはとても感謝しています」

 

農閑期となる12月から2月をのぞいて、起床は早朝5時だ。

 

「お弁当作りと掃除をすませて、朝8時に家を出て田んぼへ。日暮れまで農作業をして20時に帰宅。炊飯器でごはんが炊き上がるまでの30分ほどの間におかず3品を作り、夫と夕食。その後入浴や、インスタを更新したりで、帰宅後はまさに戦場です」

 

こうして農業と主婦業を両立させながら、農閑期には、料理のキャリアを生かしてレシピ制作や料理教室などフードコーディネーターとしての活動も行う。また、2018年には滋賀県の女性農業者団体「しが農業女子100人プロジェクト」の理事にも就任した。

 

「最初は5~6人の農業女子会でしたが、農業を続けていくうえで共通の困り事や悩み事を解決していけるようにしたいと、団体を立ち上げました。今では県内にたくさんの農業女子仲間ができて、励まし合い、切磋琢磨しています」

 

プロジェクトを長く続けていて、わかったことがある。

 

「女性には女性ならではの悩みがあります。専業農家になりたい場合は、農作業をやりながら子育ても、家事も……となって、つまりは“休みなし”の状態になりがち。女性が、家族を大切にしながら農業に参加しやすくするにはどうすればよいのか。家族の支えや行政など、周囲のサポートは必ず必要になります」

 

そしてコロナ禍の2021年、まさしく子育てを一段落させた次女の陽子さんが加わり、母と姉妹という女性3人だけでの池内農園のユニークな米づくりが始まる。

 

(取材・文:堀ノ内雅一)

 

【後編】「国は長期的な食のビジョンを示して」“無借金経営”貫く母娘3人の米農家が明かす生産者の苦悩へ続く

 

画像ページ >【写真あり】米には人柄が出るといわれる。自然農法でていねいに丹精込めて作られた池内農園の米には長いつきあいのファンも多い(他5枚)

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