自民党の菅義偉元首相(写真:時事通信) 画像を見る

「今、予定されています今度の衆議院選挙、私自身、不出馬を決めました」

 

2月8日の投開票が見込まれる衆議院選挙を目前に、こう表明したのは自民党の菅義偉元首相(77)。1月17日に横浜市内で記者団の取材に応じ、衆院選に立候補せず政界を引退する理由について次のように語った。

 

「現在、77歳であります。70代になってから、自分の政治家としての引き際というものを常に考えていました。前回の衆議院選挙のときにも悩んだ時期もありました。今回が喜寿を迎えるなかで、後進に道を譲るということを真剣に考えておりました」

 

世襲などとは無縁の“たたき上げ”で、首相の地位までのぼりつめた政治家として知られる菅氏。

 

’75年に元衆院議員の小此木彦三郎氏(享年63)の秘書として政治の世界に入り、横浜市議を経て当時47歳だった’96年に神奈川2区から立候補した衆院選で初当選。’12年12月に発足した第2次安倍政権では歴代最長の7年8カ月にわたって官房長官を務め、’19年4月の新元号発表では“令和おじさん”の愛称で親しまれてきた。

 

安倍晋三元首相(享年67)の退陣を受けて首相を務めた’20年9月から’21年10月の間には、短い任期のなかで次々と政策を実現させてきた。

 

「菅氏が首相就任した当時は、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっていた危機的状況にありました。首相として難しい舵取りを迫られるなか、菅氏は1日100万回のワクチン接種を目標に掲げ、ファイザー社のCEOにワクチン供給を直接交渉するなど実行に移しました。“省庁の縦割り打破”を掲げていた菅政権では、ワクチン接種以外にもデジタル改革の司令塔となるデジタル庁の創設やダムを活用した新たな水害対策、不妊治療の保険適用、携帯電話料金の引き下げなども実現させました」(全国紙記者)

 

だがそのいっぽうで、首相在任中から体調を心配する声も上がっていた。

 

「菅氏は週末も休まず働いていたこともあり、首相を退任する直前の’21年8月26日には“150日連勤”に到達し、安倍氏の“147日連勤”の記録を塗り替えました。前日夜の記者会見では疲労が顔に滲んでおり、国民からも“目が虚ろ”などと心配する声が上がるほど。このときは過労が原因だったのかもしれませんが、’24年秋の衆議院選挙や首相指名選挙でも、表情が硬く動作が鈍いなど覇気のない姿がたびたび波紋を呼ぶことに。メディアや公の場に登場するたびに健康状態に関心が注がれ、“議員定年制を導入すべき”との意見も少なくありませんでした」(前出・全国紙記者)

 

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出典元:

WEB女性自身

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