50歳で「指人形」に出会ったサラリーマン→60歳で「指人形職人」に 谷中「指人形笑吉」店主・露木光明さん(79)
画像を見る 左から、黒柳徹子、渥美清さん、笑福亭鶴瓶の指人形。着物も露木さんのお手製で、渥美清さんは寅さん風に(撮影:吉澤健太)

 

■アートイベントに出展して大人気!屋号「笑吉」の由来は初孫の名前候補

 

最初は並べるだけだった。陳列棚に老人たちをずらりと飾る。ほとんどがおじいさん。しわだらけの顔。

 

「老人のほうが、粘土が生きるんですよ。しわがね」

 

すぐに売れるわけではなかった。たまに1体、ぽつんと買われる。それでも、希望を持たずにはいられなかった。

 

「商売にしたい」

 

客の声に押され、おばさんも作り始めた。男物の地味な着物に比べ、女物は色もあでやかだ。棚が一気に華やいだ。

 

だが、家族は猛反対だった。

 

「食べていけるわけがない」

 

それでも、長女のひと言が背中を押す。

 

「お父さんも、出してみれば?」

 

娘が出展していたのは、東京ビッグサイトで開かれているアートイベント「デザインフェスタ」。露木さんの作品の写真を見た主催者は興味深そうに尋ねた。

 

「面白いですね。おいくつですか?」

 

50代半ばと答えると、さらに関心を示した。

 

会場での評判は上々。次は広い通路にブースを設置してもらえることになった。

 

ひな壇にずらりと並べた指人形。しかし、置いてあるだけでは指人形だと伝わらない。そこで、指にはめて動かしてみせる。

 

「こうやって動くんですよ」

 

客の顔がパッと明るくなる。ならばと、ひな壇の陰から声を出した。

 

「こんにちは!」

 

通りすがりの人が驚いて振り向く。確かな手応えを感じた。

 

それからは、谷中の店先でも人形劇を始めた。突然しゃべり出す人形に、足を止める人が増えていく。

 

「自分が面白いんだから、伝わるはず」

 

最初の演目は『笑い上戸』。続いて『酔っ払い』。2体が笑い合うだけで、客席が揺れた。

 

屋号「指人形笑吉」が生まれたのもこのころだ。初孫の名前候補に「笑吉」があったが、孫は「翔吉」と名付けられた。

 

「じゃあ、“笑う”の笑吉はもらっていいか?」

 

そうして屋号が決まった。

 

デザインフェスタでは上演時間になると黒山の人だかりができた。

 

「名物みたいになっちゃって」

 

人形は改良を重ねた。台座に針金を入れて、座らせたときでもポーズを変えられるようにした。そうすることで、頭と腕が動かせ、表情が豊かになった。

 

会社勤めを続けながら、日曜は人形劇。教室も続けた。

 

「50代はめっちゃ忙しかった」

 

写真に似せて作る「似顔人形」にも挑戦した。少しずつ、確実に客が増えていった。

 

転機はテレビだった。NHKの番組で特集されると、似顔人形の注文が一気に押し寄せた。

 

「5年分たまっちゃった(笑)」

 

そのとき、初めて確信した。

 

「これで食える」

 

会社を辞め、教室も閉じる。指人形を作り始めて10年。60歳だった。

 

(取材・文:服部広子)

 

【後編】黒柳徹子、ビートたけし、笑福亭鶴瓶も訪れた「谷中の人形劇場」…人気演目を生み出したのは「意外なモノマネ芸人」だったへ続く

 

画像ページ >【写真あり】人気演目『五十年後の「冬のソナタ」』。“雪だるまキス”と呼ばれる名場面をヨボヨボのペ・ヨンジュンが再現(他6枚)

【関連画像】

関連カテゴリー: