■こんなじいさんになりたいと思い作る。「老人が笑ってる国は、平和な国」
オーダーメイドで最も多いのは、「亡くなった人を作ってほしい」という依頼で、半分以上を占める。
亡くなった奥さんや旦那さん、おじいちゃん、おばあちゃん。写真がたった1枚しかないこともある。証明写真だけや、帽子をかぶり横顔もわからないことも。
「立体で作るっていうのは、絵みたいにそのまま写せばいいってもんじゃないんだよね」
正面、左右、斜めの写真がそろわないときは想像で補うしかない。だが、客の思い入れが強いほど、わずかな違いが大きくなる。
「『似てない』って言われることもありますよ。自分ではこれ以上ないところまでやっても、無理なときは無理」
それでも依頼は続く。なぜなら、それは単なる人形ではなく、“再会”だからだ。
忘れられない出来事がある。若くして亡くなった大学生の女の子。吹奏楽サークルの友人たちが、彼女の両親に内緒で人形を贈りたいとやってきた。写真を見ながら、「ここにほくろがあった」と言われれば、その場で付け加えた。
両親には「人形劇を見ませんか」とだけ伝え、友人たちが集まった。いつもどおり、人形劇が進む。笑いが起きる。
そして劇の最後。露木さんは、亡くなった娘の人形を簾からそっと差し出し、こう呼びかける。
「お母さん」
その瞬間、母親が崩れた。
「あんた、どこにいたの?」
父親は無表情のままだったが、やがて人形を渡すと、それを手にはめた。ぎこちなく動かし、そして笑った。
「作者冥利に尽きるよね。よかったなって」
1体あたり、完成まで約1週間。月に10体ほど制作し、これまでに1千700体以上の注文を受けた。
露木さんは言う。
「60からの人生が、いちばん楽しい」
好きなことで生活できている。儲かるわけではないが、暮らしは安定している。そして何より、来た人がみんな笑って帰る。
「こんな楽しい仕事ないよ。いまだにいちばん好きな趣味がこれなの。だから、休みの日もやりたい」
人生の後半。最後がよければそれでいい。
「これやらなきゃ、ほかにできることないと思って必死だった。でもね、たった一つ見つかれば、それでいいんだよ」
改めて、店に並ぶ人形がすべて笑っている理由を聞いた。
「老人が笑ってる国は、平和な国だと思うからね」
昔の写真を見ると、父親世代の男たちはほとんど笑っていない。
カメラを向けられても、むすっとしている。
「唯一笑ってるのは、孫を抱いてるとき」
その風景が好きだ。
「こんなじいさんになりたい、って思いながら作ってる」
笑いは必要だ。
「絶対いちばん大事。健康にもいいし、自分も元気になる」
もともとは人見知りで引っ込み思案だった。
「いまでもそうだよ」
けれど、人形のことなら自信をもって話せる。舞台に立つのは人形だからいい。
「隠れてるから、ばかばかしいこともできるんだよ」
この仕事に後継ぎはいない。
「たぶん、教えても難しい」
人形を作ること、人形劇を演じること、その両方を一人でこなす。
「人形を作るだけなら、もっと上手な人はたくさんいると思う。でも、人形劇はその人の感性だからね。同じにはならない」
似顔の感覚と人形の造形、舞台の間合い。それがうまい具合に重なり商売になった、と露木さん。
親の家があり、谷根千ブームがあり、テレビがあり、そして人が来てくれた。
「人に恵まれたよね」
亡くなった人をよみがえらせ、笑わなかった父親を笑わせ、老人を笑顔にし、自分もまた笑っている。
「最後は笑顔がいい」と笑いながら、また1体、笑う老人を作る。「指人形笑吉」の棚には、今日も笑顔が増えていく。
(取材・文:服部広子)
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