■獄中の手紙に足を止める人々
今回の「死刑廃止会議」では、会場内に袴田事件を紹介する特設展示も設けられていたという。
「会場の上階を囲むように並べられていたのは、事件の経過を伝える資料や写真、そして巌さんが獄中から家族へ送り続けた手紙の数々でした。一通一通にフランス語などの翻訳が添えられ、まるでモニュメントのような展示になっていました。
昨年、世界会議のスタッフが袴田家まで来てくださって、獄中の手紙を一枚一枚撮影し、資料も丁寧に確認してくれて。本当に時間をかけて準備してくださったんです」
そう振り返る猪野さんは、展示を目の当たりにし、「袴田事件は、もう日本だけの問題ではなく、世界の袴田事件になっているんだと実感しました」と語る。
来場者は、巖さんの心の叫びともいうべき言葉の数々に目を留めていた。その光景を見れば見るほど、猪野さんの胸には複雑な思いが募った。
「再審無罪まで58年も要した 袴田事件が再審法見直しのきっかけだったのに、日本政府は改正どころか“改悪”の方向に法整備を進めようとしています。世界中の人たちがここまで袴田事件を真剣に受け止めてくれているのに、日本の現状が恥ずかしくて、海外の方に話せませんでした」
ひで子さんも、現在国会で審議されている再審法改正案について、「本当に冤罪被害者のことを考えているとは思えない内容です。国の立場を守るための改正では意味がありません」と指摘する。
さらに、「冤罪被害者を救うためにはどうしたらいいのか、その立場から制度を考えてほしい。もっと心を広く持って考えてもらいたい」と訴えた。
■『もっと世界に目を向けてほしい』93歳、今も訴え続ける理由
一方で、パリでは束の間のオフタイムも楽しんだ。滞在中はエッフェル塔を訪れた。行く先々で出会った日本人観光客からは、「応援しています!」と声をかけられ、滞在したホテルでも、朝食のたびに世界各国から集まった宿泊中の参加者から「昨日のスピーチは素晴らしかった」と賞賛されたという。
現在90歳になった巌さんは、自宅では歩けるものの、外出時は車いすを利用することが多い。それでもひで子さんは「巌は『ハワイへ行きたい』って言うんですよ。今年は行こうね、と話しているんです」と、笑顔を見せた。
93歳になった今も、冤罪被害をなくすために尽力するひで子さんはこう語る。
「今回、国外へ行って改めて感じたのは、日本はまだまだ封建的なところがあるということです。『自由民主主義の国』と言っていますが、本当の意味で自由な社会とは、まだ言えない部分があると思います。もっと世界に目を向けて、広い視野で物事を見てほしい。日本の中だけで『これでいい』と考えてしまうから、こういう事件も起きるのだと思います」
ひで子さんの訴えは、未来の冤罪被害者を生まないために向けられている。
画像ページ >【写真あり】エッフェル塔の下に立つ猪野さんとひで子さん(他2枚)
