■広島平和記念公園で体感した「物語の多層性」
『平和と愚かさ』で東氏は、激戦地や虐殺がおこなわれた収容所などの跡地に建つ記念館を精力的にめぐった体験をつづっている。2025年は広島の平和記念公園を訪れ、朝から夜まで丸一日を費やした。
「普通の観光なら記念館を見て、原爆死没者慰霊碑の前に行って終わりですよね。でも、あの公園内には数十の記念碑があるんです。建立した組織も宗教も思想もバラバラな、それらをできるだけ見て回りました。
すると、あそこがかつて広大な『街』だったという実感が湧いてくる。 東京の中心が皇居であるように、広島の中心は爆心地なのです。そして記念碑群を歩くと、単一の『被害の物語』だけではない、当事者が複雑に絡み合った歴史の痕跡が見えてきます」
そこに次々と訪れる修学旅行生や、インバウンドを中心とする観光客の様子を眺めていると、平和記念公園がどんな宗教や政治思潮にも左右されない、「無思想の思想」が担保された、世界的に見ても稀有な場所に思えたという。しかし、そのような“現場”を訪れたからといって、「戦争の真実」に必ずしもたどりつけるわけではない、と東氏は指摘する。
「戦争の記憶を残すために博物館を作ったり、被害者の証言を集めたりすることは重要です。しかし、どれほど被害者に寄り添った物語であっても、ひとたび『固定化されたストーリー』になれば、それは思考停止の装置になり得ます。
歴史の物語というのは、時代や政治の都合によってつねに書き換えられていくものです。被害者の立場に立つこと自体が『絶対的な正義』になってしまうと、そこから外れる複雑な事実が見えなくなる。被害者の定義すら時代によって変わり得るなかで、ひとつの物語で歴史をくくろうとすること自体が、じつは非常に危険な政治的な行為なのです」
戦争体験がなく、当事者でもない。いまの世のなかは誰もがすぐに「当事者」や「寄り添い」のポジションに立って語りたがるが、東氏はその安易な共感に異議を唱える。
「僕たちは戦争を体験していません。その埋めようのない事実を曖昧にしたまま『共感』だけで語ろうとすると、かえって現実を歪めてしまう。僕が現地を訪ね歩くのは、自分の手で確かめたいからですが、同時に『どれほど現地を見ても、自分はどこまでも部外者に過ぎない』という現実を突きつけられるためでもあるんです」
当事者になりきれない限界を引き受けたうえで、思考を投げ出さないこと。終戦から80年が経ち、日本人のほぼ全員が「戦争を知らない世代」となった現代において、東氏の言葉は重い。
「知った風な顔をして『平和を守れ』と声高に叫ぶより、自分がバーチャルな世界に生きている『平和ボケ』の人間であることを誤魔化さない。その冷徹な自覚からしか、本当の意味で歴史に向き合う思考は始まらないのではないでしょうか」
この「平和ボケの自覚」こそが、追って東氏の語る逆転の思想へとつながっていく。
(取材・文:鈴木隆祐)
画像ページ >【写真あり】東浩紀氏がウクライナで見た戦時下の「日常」(他8枚)
