【前編】夜逃げ・ホームレス経験から累計10万人動員の「こども万博」を主宰する手塚麻里さんから続く
高校生のときの夜逃げ、“ホームレス体験”という過酷な経験を経て、現在は子どもたちの夢を「形にする」プログラム=こども万博を主宰している手塚麻里さん。その参加者は全国で累計10万人にも及ぶ。
手塚さんが突然の悲劇に見舞われたのは2001年9月、高校1年生のときのこと。
「父が、仕事で大きなトラブルに巻き込まれたんです」
学校が終わっても「母がため息をつく場所にいたくない、すぐ帰りたくない」と寄り道するように。
ある下校時、新宿駅で下車して、新宿中央公園まで足を延ばした。
「ベンチに腰掛け教科書を開いていると、時間を忘れられました。
公園には、昼夜を問わず「いろんなホームレスがいた」という。
「出没する時間帯、においの違い。だいたいの方が、爪が黒ずんでいるんですが、一人だけ、小ぎれいな手の男性がいたんです」
服装は長袖・長ズボンで、髪は「ぐしゃっとしていた」が「手がメチャきれいでした」。
ある晩、ふと目が合って、縁石に座るその男性に話しかけた。
「すみません……」「えっ?」
そろり近づくと「家出したの?」。
「私は『違います』と答え、逆に『あなたは家出したんですか?』と聞くと『そんな感じかもね』と」
手塚さんは「何があったんですか?」と聞き始めた。
「50代の現役の社長さんとわかりました。家族もいて自宅もある人。でも『ひとりでボーッとする時間がどこにもないから』ときどき、この公園で過ごすんだと」
そんな話をしているうちに日付が変わり、帰宅は明け方になった。
「もう始発が走っていました」
その夏ごろ、母の収入のめどが立ち、神奈川県大和市で2LDKの一戸建てを借りられることに。
まだ家具も入れていない殺風景な洋室に、母はゴロンと寝そべって、こんなふうにつぶやいた。
「やっと家ができたね。やっぱり家っていいね……」
その一言に、心から安堵した。
「母はフーッと一息ついて、ホッとした顔になりました。それを見て、私も『よかったなあ』と」
それをもって、家出少女は帰還した。手塚さんは“ホームレス生活を卒業”したのだ。
「こども万博とは、子どもたちの夢、やってみたいお仕事、出してみたいお店……そんな思い思いのプランを出し合って、お友達や、保護者と相談しながら、発表するイベントです」
記念すべき「第1回こども万博」は2022年9月18日、神戸ハーバーランドのスペースシアターで。
「オープニングで、私は『子どもたちのありのままの姿を見てほしいです』と挨拶しました」
来場者には「マスク着脱自由、ただし自己責任で」とお願いした。
「子どもの発表する姿を泣きながら撮影していたお母さんが『初めてマスクなしの子どもの笑顔が撮れました』と話してくれました」
総勢50人が出場し、来場者は、なんと1千500人にも上った。
「ボランティアにもお世話になったのですが、完全に赤字でした。持ち出しが100万円くらいまでなら、なんとかなるかなと思っていましたが、実際は300万円以上でした」
神戸に越して以来、定職に就いていなかった手塚さんは、貯金を取り崩して充てていたのだ。
2020年から彼女をサポートしている女性スタッフが言う。
「収支は経営の基本のはずですが、麻里さんは子どもの笑顔が優先で、収益度外視なんです。
それでいて『また働けばいいか、私、頑張るから!』って屈託ない笑顔で言われると、みんな、いつの間にか手伝っている。人を巻き込む力のある女性ですね」
すると、思いがけぬ方向から手が差し伸べられることに。
大阪・関西万博への出展を募る兵庫県万博推進課から、「こども万博の詳しい話を聞きたい」との問い合わせがあったのだ。
その後、トントン拍子に出展が正式決定。その間もこども万博は継続して、全国で30回ほど開催。
計6万人を動員した実績を引っ提げ、いざ大阪・関西万博に臨んだ。
迎えた10月10、11日の両日、会場のEXPOメッセ「WASSE」で、フィナーレのイベントとして、こども万博を開催。
和太鼓パフォーマンス、模擬店、種々の職業体験発表、夢スピーチコンテストなどを展開し、2日間で2万4千人を動員した。
