昨年夏、プロのオートレーサーとして44年ぶりの女性選手としてデビューした坂井宏朱さん(享年27)が、1月15日夕方、練習中に事故死した。船橋オートレース場の第1コーナー付近で後輪が滑り落車。宏朱さんはフェンスに飛ばされ、直後、自らの車が激突した。

「頭蓋骨も背骨も、肋骨もすべて骨折していて、本人は痛いと思う間もなく、即死の状態だったようです。私にはそれでも、宏朱は幸せだったと……、ものすごく悲しいですけど、幸せだったという確信があるんです」

事故後、気丈にもこう語るのは、誰よりも彼女を応援し続けてきた、母親の陽美さん(54)。宏朱さんの突然の訃報は、メディアで大きく報じられ、18日、19日に増上寺(東京都港区)で執り行われた葬儀には、同期や先輩選手、友人ら約1千人が参列した。

宏朱さんがオートレースに魅せられたのは、JTBの社員として働いていた24歳の時。『レーサー募集』の告知を見て、両親の反対を押し切り応募した。負けん気の強かった彼女は、片道1時間の自転車通勤をしたり、帰宅後に1時間のランニング、筋トレなどをこなし、半年で10キロも体重を絞った。2次試験合格後は、9ヶ月におよぶ養成所の合宿生活。彼女は男子に必死でついていこうと、通常1日70周走るところを100週も走った。

「友人には、母親としてなぜ止めないのと怒られたけど、もう1度同じことがあっても私には止められないと思います。反対してもあの子なら、親子の縁を切ってでもオートレースをやったと思います。それがわかっているから私には、あの子は絶対に悔いがなかったということが、わかるんです」

喪主の挨拶で父親の克行さんは、宏朱さんが臓器提供意思表示カードを持っていたことを明かし、こう胸のうちを語っている。「内臓は損傷がはげしかったのですが、角膜は無傷で、2人の方に移植されました。どなたかの目の中で宏朱が生き続けるのが、せめてもの慰めです」

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