『エール』最後の熱演 志村さん突き動かした高倉健さんの手紙

新型コロナウイルスによる肺炎で3月29日に亡くなった志村けんさん(享年70)が、5月1日からNHK連続テレビ小説『エール』に登場している。主演・窪田正孝(31)演じる主人公のモデルになった古関裕而さんは、志村さんの母校・旧都立久留米高等学校の校歌を作曲しているという意外な縁もあった。

 

志村さんにとって今回の朝ドラは20年ぶりの役者業。その背景には、尊敬する高倉健さん(享年83)への強い思いがあったという。

 

「コントを心から愛していた志村さんは、役者業にはつい昨年まで積極的ではありませんでした。しかし、70歳を前に、亡き高倉健さんの言葉が脳裏によみがえったそうです。『あなたの演技には哀愁がある。役者としてぜひ、また共演したいね』と――」(映画関係者)

 

2人の出会いは、’99年の映画『鉄道員』。降旗康男監督が志村さんを強く推薦し、高倉さんも志村さんとの初共演を心待ちにしていたという。

 

「高倉さんは、志村さんの『寿司屋のおじいさんのコント』が昔から好きで、撮影の合間には、盟友の小林稔侍さんの前で、そのモノマネをしていたほど。一方、映画好きの志村さんにとって、高倉さんは雲の上の大スターで憧れの人。初対面の際は『生涯でいちばん緊張した』と苦笑いしていました」(前出・映画関係者)

 

当時、志村さんは映画誌のインタビューで“憧れの高倉さん”とのエピソードを語っている。

 

《北海道ロケの時に、初めてお会いしたんです。その時は、言葉で言い表せないぐらいに大きく感じました。その撮影に行く前の日に健さんから僕の携帯電話の留守電にメッセージが入っていたんです。内容は『弟子志望の高倉健です。こちらは寒いですから、風邪をひかないように、よろしくお願いします』というもので、それを聞いた時はビビりましたよ。いきなり『弟子志望』なんて、ギャグを飛ばしてきましたから…。そのメッセージは、しばらく消さずにいろんな人に聞かせて自慢していたんです(笑)》(『キネマ旬報』’99年6月15日号)

 

炭鉱作業員役を演じた志村さん。真冬の夜9時から始まった撮影は氷点下20度の過酷な現場だった。

 

「リハーサルでアドリブを連発する高倉さんに、志村さんも当意即妙で返す。現場は大変な熱気に包まれました。共演ロケは2日だけでしたが、高倉さんは役者としての志村さんを絶賛していました」(前出・映画関係者)

 

実際、高倉さんは『キネマ旬報』のインタビューで、志村さんのことをこう評していた。

 

「本当に凄いと思うんですよ。何かあの方のコントとかを観ていると、ヨーロッパの人みたいですね。日本の人とは違いますよ。ああいう人が日本映画に加わってほしい」(『キネマ旬報』’99年6月15日号)

 

前出の映画関係者は続ける。

 

「共演以来、高倉さんはプライベートで志村さんを飲みに誘うこともありました。毎年末には、お気に入りの甘酒やブランデーを志村さんに贈っていたんです。そこには直筆の手紙が添えられて、『また志村さんの演技が見たい』『いつかまた共演したい』と書かれていたそうです。志村さんは、そんな高倉さんの数々の手紙を大事に保管していたといいます」

 

だが、高倉さんが切望していた共演の夢がかなうことはなかった。’14年11月、83歳で亡くなった高倉さん。突然の訃報に志村さんはブログで《悲しい寂しい辛い どんな言葉でも物足りない》と悲痛な胸中を吐露していた。志村さんは、高倉さんの死後も“直筆メッセージ”がずっと心に引っ掛かっていたようだ。

 

「’20年に古希を迎えるタイミングで、役者のオファーを受けたことを“宿命”と感じたそうです。この年齢になれば今後、元気で仕事ができる時間は限られてくる。ならば、恩義ある高倉さんの思いに応えようと決心したのでしょう」(前出・番組関係者)

 

志村さんは生前、『エール』での登場シーンに関して、NHKにこんなことを語っていた。

 

《僕の出ているシーンは、困ったことにあまり笑いがないんですよ。いつもの志村けんらしくない、こんなこともやりますよってところを見てもらえれば、うれしいね》

 

高倉健さんの“遺命”に応えた志村さんは今も魂の演技で、日本中に“エール”を送っている――。

 

「女性自身」2020年5月26日号 掲載

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