■初代尾上松也は十四代目勘彌の元芸養子だった
ただ、本来なら十五代目襲名に最も近い高名な歌舞伎役者がいる。十四代目の養子である坂東玉三郎(72)だ。
「しかし、玉三郎さんは『生涯、玉三郎を貫く』として勘彌を継ぐ意思はないと聞いています」(大和屋関係者)
一方で勘彌に関心を寄せるもう一人の歌舞伎役者がいるという。
「それは、守田家とは何かと縁のある尾上松也さんです。松也さんの父親・尾上松助さんは二代目尾上松緑さんに師事。本来なら松助の名を継ぐのでしょうが『松助は継がなくてもいい』という父の遺言があったそうです。
いまや松也さんは歌舞伎座の主役まで務める幹部となり、格上の名跡を探していたようです。叔父の初代松也さんは十四代目勘彌さんの元芸養子でした。松也さんの妹で劇団新派の春本由香さんも、十四代目守田勘彌の長女・水谷八重子さんに師事する縁もあり、勘彌の襲名を希望していると聞いています」(後援会関係者)
現状の歌舞伎界を冷静に見れば、確かに彌十郎、松也ともに大名跡・勘彌襲名を意識するポジションにいることは間違いない。
「彌十郎さんは『父ゆかりの大名跡は他の役者には譲れない』と考えていたそうですが、正直、『鎌倉殿』以前の彌十郎さんは一般的には知名度が低かった。66歳という年齢的にも十五代目の襲名は現実的ではありませんでした。松竹サイドも当初は“松也なら”と考えていたようですが、『鎌倉殿』のブレークで人気が高まっている彌十郎さんの十五代目襲名ががぜん現実味を帯びてきました」(前出・歌舞伎関係者)
“優勢”となった彌十郎だが、襲名興行は大名跡なら年に1人だといわれているという。
「長らく延期されていた市川團十郎白猿の襲名興行が今年11月から行われます。これで本格的に歌舞伎座に客足が戻ってきてほしいのが本音です。歌舞伎熱が冷めやらぬうちに次の襲名興行でも話題を呼ぼうと“團十郎の次は、彌十郎の守田勘彌で”と水面下で動いているようです」(前出・歌舞伎関係者)
鎌倉幕府の初代執権にまで上りつめる時政だが、果たして彌十郎自身は、十五代目守田勘彌の座に就くことができるのか――。