ZARD 坂井泉水さんを偲ぶ会(写真:時事通信) 画像を見る

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代、心に沁みた音楽の話。活躍する同世代の女性と一緒に、“’90年代”を振り返ってみましょうーー。

 

「ZARDは’90年代の音楽シーンを彩り、今なお歌い継がれる名曲の数々を残しました。とくに『負けないで』は応援ソングとして日本人の記憶に刻まれています」

 

そう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(55)。

 

ボーカルの坂井泉水さんが芸能界入りしたきっかけは、20代前半、OL時代にモデルとしてスカウトされたこと。

 

「彼女はモデル活動の傍ら、’90年、『おどるポンポコリン』を大ヒットさせたB.B.クィーンズのコーラスのオーディションに応募。B’zや大黒摩季さんを世に送り出した名プロデューサー・長戸大幸氏の目に留まりました」

 

オーディションで選ばれたのは、MiKeのリードボーカルを務めることとなる宇徳敬子だったが、坂井さんの才能を見いだした長戸氏はZARDの構想を得たという。

 

「’91年に『Good bye My Loneliness』でデビュー。当時からテレビへの露出がほとんどなく、発表されるCDジャケットの写真は、どれも坂井さんの正面をはっきりと捉えていません。イメージ戦略もあるのでしょうが、坂井さんご本人が極度のあがり性という側面もあったそう」

 

■バブル崩壊の沈んだ空気を変えた応援歌

 

’93年には『負けないで』をはじめ、立て続けにヒット曲を発表する。“爽やかな青春”を連想させるポカリスエットのCMソングとして採用された『揺れる想い』は近年の同CMでも吉田羊らがカバーしている。

 

’90年代初めは、応援ソングが次々に生まれていった時代でもあった。

 

「代表曲に『どんなときも。』『それが大事』(ともに’91年)、『TOMORROW』(’95年)などがあります。とくに『負けないで』が発表された’93年は、バブル崩壊をいよいよ実感し始めてきたころ。“終身雇用で一生安泰”と思い込んでいたサラリーマンが突如リストラされたり、就職氷河期が訪れ、若者は企業の内定を得ることが格段に困難に。誰もが将来への不安を抱くようになりました。そんなとき、坂井さんの柔らかな声で“大丈夫、みんなで手を携えて乗り越えようよ”と寄り添ってくれる同曲は、多くの人の心に染みたのでしょう」

 

’95年の阪神・淡路大震災、’11年の東日本大震災でも、同曲が多くの日本人を勇気づけた。

 

「’14年、高校の英語の教科書にも掲載されました。作詞を手がけた坂井泉水さんがこの曲に込めた思いは、おそらく次世代の胸の中でも生き続けているのです」

 

【PROFILE】

牛窪恵

’68年、東京都生まれ。世代・トレンド評論家でマーケティングライターとして『ホンマでっか!?TV』フジテレビ系)など多数の番組で活躍

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