1月28日、経済アナリストの森永卓郎さんが原発不明がんのため亡くなった。67歳だった。所属事務所の発表によると、森永さんは同日午後1時33分に自宅で息を引きとったといい、葬儀は近親者のみの家族葬にて執り行われるという。
森永さんは1980年に東京大学経済学部を卒業後、日本専売公社(現在のJT)に入社。その後、経済企画庁や三菱UFJリサーチ&コンサルティングなどを経て、2006年から獨協大学経済学部の教授に就任。わかりやすい経済問題の解説が評判を呼び、テレビやラジオなどで引っ張りだことなった。
明るく気さくな人柄と軽妙な語り口調で、“モリタク”の愛称でお茶の間に親しまれた森永さん。’23年12月にステージ4のがんを公表した後も、闘病しながら精力的にメディア出演や執筆活動を続けていた。
SNSやネットでは突然の訃報に偲ぶ声が広がっているが、森永さんは最後まで“生涯現役”を貫いて天国へと旅立ったようだ。
生前最後のメディア出演となったのは、亡くなる前日の27日だった。同日早朝に放送された『生島ヒロシのおはよう定食/一直線』(TBSラジオ )に、電話出演。早朝にもかかわらず全力で臨んでいたが、実は番組内で体調の“異変”を打ち明けていた。
パーソナリティーの生島ヒロシ(74)が「モリタクさん、大丈夫ですか?」と病状を尋ねると、「実はあまり大丈夫じゃないんですよ」と前置きしてこう告白していた。
「先週の放送が終わった後くらいから、ちょっと容体が急変してですね。本格的な転移が始まったようで、右の脇腹のところに一気に痛みが出てきたんですね。
今は医療用のモルヒネを打って痛みを抑え込んでいるんで、こうやってしゃべれるんですけれども、この1週間はほとんど何も食べていないのでパワーがなくなっちゃった。
ろくに歩けなくなっている状況で、今日お医者さんに来てもらうことになってるんですけども。実感で言うと、そう長くもたないかもしれないなと言うのが個人的な感想です」
生島が「先週はたしかにお声が弱ってるかなって……」と心配すると、森永さんは「転移が一気に広がるとまずいなと思ってたんですけど、ここまで急変するとは思っていなかったので、今は厳しい状況にあります」と率直な心境を語っていた。
深刻な病の不安を抱えながらも、意欲的にラジオ出演した森永さん。この日は午後1時から放送された『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送)にも、自宅から電話出演。しかし、これが生前最後の出演番組となってしまうことに――。
森永さんはハキハキした声で挨拶をするも、冒頭で「実は1週間前から体調が急激に悪くなってですね、今ほとんど動けない。それから、この1週間何も食っていないんですよ。だからパワーがなくなって、今ボロボロなんですけど、今日行けるところまで行きます」とコメント。
同番組では石破茂首相(67)が1月24日に行った施政方針演説で「『楽しい日本』を目指す」と語ったことに言及し、「ここにきて改めて思うようになったのは、案外それが正しいんじゃないかっていうことなんですね」と理解を示していた。
その上で、世間から大きな批判を集めているフジテレビの問題と重ねつつ、丁寧に言葉を選びながら、「かつてフジテレビは、『楽しくなければテレビじゃない』って打ち出したわけですよ。当時、本当にテレビ楽しかったんです。今のようにギスギスしている文化ではなかったので。もう一度、どうしたらみんなが楽しい社会、楽しい文化を追求できるのかっていうのを、今やっぱり問い直さないといけないんじゃないかな」と建設的な私見を述べていた。
森永さんは翌28日にも『垣花正 あなたとハッピー!』(ニッポン放送)に出演予定だったが、番組内で欠席がアナウンスされた。同番組に出演した長男で経済アナリストの森永康平氏(39)は、卓郎さんの体調について「かなりきつそうだなというのが正直な感想」と明かしていた。そして訃報が伝えられたのは、この日の夜だった――。
命が燃え尽きるまで仕事を全うしようとしていた森永さんの姿勢は、この先も多くの人々の記憶に残り続けることだろう。
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