「生きていることには涙はつきもの」島倉千代子さん 中絶3回、実姉の死、孤独闘病20年…“細木数子ドラマ”で描かれなかった「壮絶人生」
画像を見る 島倉千代子さん(写真:本誌写真部)

 

■再婚間近と囁かれるも…島倉さんが借金連帯保証人になった眼科医の“肉声”

 

島倉さんはA氏と再婚間近とも囁かれていたが……。当時、本誌はA氏を直撃しており、本誌’75年7月3日号ではA氏の肉声がこう残されていた。

 

《そりゃあ医師ですから、島倉とは知人、友人以上の仲ですよ。こんなことを言うと、また誤解されちゃうけど…。でも、私は、島倉に異性を感じないんです。もし、島倉に女を感じていたら、藤本君以前に、私が結婚していたでしょう。あの結婚のときだって、私は、島倉の相談にのっていたぐらいですからね》

 

そんなA氏が借金を作って蒸発してしまったのは、この直後だった。前出の芸能関係者は、当時をこう振り返る。

 

「島倉さんはA氏の借金連帯保証人になっていたことで、6億円ともいわれる多額の借金を背負うことになりました。細木さんと出会ったのは、このときです。細木さんは’77年3月に行われた島倉さんの記者会見に同席し、彼女のマネージメントも手掛けたことで世間に顔が知られることに。

 

いっぽう、島倉さんは借金返済のためキャバレーやクラブの営業など、スター歌手なら断るような仕事も積極にこなしていました。借金は利子を含めて15億円を超える額にまで膨らみ、ようやく返済できたのが’90年のこと。当時、島倉さんは都内で記者会見を開きましたが、自分を裏切った相手に対する恨み節などを漏らすことは一切ありませんでした」

 

借金完済までの間には、’87年リリースの代表曲『人生いろいろ』が大ヒットし、再ブレイクを果たした島倉さん。だが、希望の光が見えてきたのも束の間、翌’88年に姉との別れに直面する。

 

「島倉さんのお姉さんは目黒川に入水し、自ら命を絶ったといいます。遺書には“迷惑かけたけど、みんな仲良くやってよ”とあり、島倉さんのレコードや新聞・雑誌の切り抜きが残されていたそうです。悩みを打ち明けられる人もいなかった島倉さんは、気づけばお姉さんが飛び込んだ川に足が向かっていたこともあったといいます。

 

さらに’89年には敬愛していた美空ひばりさん(享年52)が亡くなり、’93年には乳がんが発覚。’07年には知人に資産を奪われ、再び多額の借金を背負ったことも。島倉さんはストレスから、“5年ほど声が出なくなった”と明かしていました」(前出・芸能関係者)

 

そんな島倉さんがこの世を去ったのは、’13年11月のこと。亡くなる3年前に肝臓がんが発覚し、同年に入ってからは肝硬変を併発していたという。

 

「亡くなる20年以上前から肝臓を悪くしていたようで、自分で注射を打ちながらひっそりと闘病していたと聞きました。ですが、どれだけ体調が悪くても弱音を吐くことはなかったそうです。最期まで歌に対する情熱を燃やし続け、亡くなる3日前に自宅の病床で『からたちの小径』をレコーディングしたエピソードは有名です」(前出・芸能関係者)

 

どれだけ不運に見舞われても、他人を恨まず、前向きに――。島倉さんは亡くなる5年前の’08年、森昌子(67)との対談で当時70歳を迎えた胸中をこう語っていた。

 

《これから自分の人生をどうしようと考えたときに、涙が出てくることが多いですよ。残念だけど、人生って、生きているってことには、涙はつきものだと考えているの。でも、涙をこぼしても一生、笑っても一生ならどちらをと取るか。そう考えたとき、やっぱり笑って生きてったほうがいいよね、同じ生きるなら》(本誌’08年11月18号)

 

島倉さんの心がこもった歌は、令和になったいまも多くの人々に愛されているはずだ。

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出典元:

WEB女性自身

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