《なぜ星野真里が走る?》やす子が変えた24時間テレビマラソン「走る理由」の歴史
画像を見る 今年の24時間テレビでチャリティマラソンに挑戦する星野真里(写真:本誌写真部)

 

■24時間テレビ歴代マラソンランナーと走る理由

 

1992年 間寛平 表明なし
1993年 間寛平 表明なし
1994年 ダチョウ倶楽部 表明なし
1995年 間寛平 阪神・淡路大震災があり「日本を元気づけよう」
1996年 赤井英和「日本列島縦断3600km」のアンカーを務めるため
1997年 山口達也(TOKIO・当時)表明なし
1998年 森田剛(V6・当時)表明なし
1999年 錦野旦「家族の絆を取り戻すため」
2000年 トミーズ雅「視聴者に勇気と感動を届けるため」
2001年 研ナオコ「社会問題に苦しんでいる人たちを勇気づけたい」
2002年 西村知美「離婚寸前の危機を乗り越え、夫婦の絆を深めるため」
2003年 山田花子「笑いと感動、勇気を与えたい」
2004年 杉田かおる「本当の自分を見つめ直すため」
2005年 丸山和也「自分が走り切ることで同世代の中高年に勇気と希望を与えたい」
2006年 アンガールズ「視聴者に感動と元気を与えるため」
2007年 萩本欽一「初代総合司会者として『恩返し』を果たすため」
2008年 エド・はるみ「芸能界デビューの前から24時間マラソンランナーになることが夢だった」
2009年 イモトアヤコ「視聴者に勇気と感動を届けるため」
2010年 はるな愛「“女として生きる姿”を両親に見せたい」
2011年 徳光和夫「同世代の高齢者に勇気と希望を与えたい」
2012年 北斗晶・佐々木健介ファミリー「私たちを通じて、人から人、家族から家族へつなぐ大切さを伝えたい家族の強い絆を確認するため」
2013年 大島美幸(森三中)「太っているんですけれども、最初からできないよというのも、やったこと無いことを出来ないというのも嫌なので」
2014年 城島茂(TOKIO)「40代代表として、世の中のお父さんを元気にしたい」
2015年 DAIGO「僕が走ることによって元気が出た、とか楽しみにしてる、とか、そういうニーズに応えたい」
2016年 林家たい平「こん平師匠の弟子として自分に何ができるか考え、僕の頑張る姿を見てもらいたい」
2017年 ブルゾンちえみ「何かを諦めようとしている人に、もう少しだけ頑張ってほしいと伝えたい」
2018年 みやぞん「愛犬・ラブちゃんに早く会いたい」
2019年 近藤春菜(ハリセンボン)、よしこ(ガンバレルーヤ)、水卜麻美アナウンサー、いとうあさこ「タスキをつなげたい」
2020年 高橋尚子、土屋太鳳、吉田沙保里、陣内貴美子、松本薫、野口みずき「走ることで恩返しがしたい」
2021年 岸優太、水谷隼、荒川静香、川井梨紗子、川井友香子、五郎丸歩、田中理恵、長谷川穂積、丸山桂里奈、林咲希、城嶋茂「震災や災害からの復興」「コロナ禍における人々の団結」
2022年 兼近大樹(EXIT)「勉強も運動も嫌いで何も成し遂げた事のない人間が24時間走る事を達成させ、沢山の方への恩返し、あらゆる事を投げ出してきた自分への挑戦、そしてガチで走ってんのか疑惑の解明をします」
2023年 ヒロミ「このまま萎(しお)れたくない。おじさんの代表選手としてやってみます」
2024年 やす子「全国の児童養護施設の子どもたちが、より楽しく明るく『生きているって楽しいな』って、思えるようなチャリティーマラソンになるといいなって思います」
2025年 横山裕「困難を抱える子どもたちの現状を少しでも多くの方に知ってもらうため、そして、支援が必要な子どもたちのため」
2026年 星野真里「娘と過ごしてきた10年間の中で、すべての子どもたちが分けられることなく、子どもたち自身が自分の居場所を選べる世の中になってほしいという願いを持つようになりました」

 

画像ページ >【写真あり】24時間マラソンの歴史を変えた女性芸人(他3枚)

出典元:

WEB女性自身

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