「築地は、人の心がうごめいている場所、“あ〜これが生きているということだ”と感じられるところなのです」
そう語るのは俳優の里見浩太朗(79)。高校卒業後、歌手を目指して上京。築地市場の叔父の会社に就職した。
「私は、そろばん2級と簿記3級をもっていたから、てっきり経理として働くものだと思っていたんです」
里見の叔父は塩物や干物を扱う仲卸。経理係のはずだったが……。
「いきなり初日から、荷車で塩ザケの木箱とたらこが入ったおけを運ぶことになりまして。周りを見ると市場の石畳の上を何十台もの荷車がひしめきあっている。そして威勢のいい声や『馬鹿野郎!』と怒号が飛び交う。なんという世界に飛び込んでしまったのかと……。でも、青春真っただ中の私には、人の活力に満ちた場所が、なんともいえない楽しいことに感じられたのです」
すぐに築地の魅力にとりつかれた里見。毎朝5時に築地市場に通う日々が続いた。
「興味を引いたのは、仲買の叔父と料理人の小売りとの駆け引き。心と心のぶつかり合いには興奮を覚えたものです。また、まかないを任せられていたので、食材探しも私の仕事でした。顔見知りになると、時には『おう、もってけ』とマグロ屋さんに中落ちをいただいたりする。そんな働く人たちの“厚い人情”が何よりの魅力でしたね」
その後、芸能界入りし、俳優の道を歩んできた里見。いまの築地が置かれている現状には胸を痛めている。
「先日も築地に行きましたが、以前の活気がないことに寂しさを感じました。私も、あのまま叔父の店を継いでいたら“移転”すべきかどうか悩んだでしょうね。築地の人たちはみな純粋。今回の問題が、早くよい形で解決することを願っています」