常に向き合わなくてはいけない病いを乗り越えるために、北川悦吏子さん(56)にとって必要なのが書き続けることだった。現在放送中の連続テレビ小説『半分、青い。』の主人公・楡野鈴愛(永野芽郁)も離婚し職を転々としながらも、やりたいことを見つけ、それを光にして突き進む。自分の人生を重ね合わせるかのように、目の前のつらい状況を乗り越えることをモチベーションにした、鈴愛の生きざまを描き切った北川さん。彼女が新境地にたどり着くまでの壮絶秘話――。

 

北川さんは、『素顔のままで』(’92年、フジテレビ系)で、脚本家デビューして以降、『愛していると言ってくれ』(TBS系)、『ロングバケーション(フジテレビ系)など名作を次々に執筆。毎年のように大ヒットを飛ばし、“ラブストーリーの神様”とまで呼ばれた北川さん。’00年の『ビューティフルライフ〜ふたりでいた日々』(TBS系)は、最高視聴率41.3%という驚異的な数字を記録した。

 

しかし、’00年代に入ってからは、映画など発表するも、ドラマの発表作品は減っていく。’16年にNHK初執筆である『運命に、似た恋』(全8回)を発表するが、『半分、青い。』は、北川さんにとって8年ぶりの“長いドラマ”だ。

 

この間、北川さんは、次々と重病に襲われる日々を送っていた。

 

’99年、潰瘍性大腸炎を発症。北川さんの病いは重症で、医師からは10万人に1人の病気と言われた。大腸を全摘出することになったのは、’10年のことだ。

 

「このオペがとにかく大変で。3カ月の入院中、何も食べられず、痛くて眠れずという状況が続いたとき、頭が変になるんじゃないかと思いました」(北川さん・以下同)

 

’12年11月、突然、耳鳴りがして、左耳が聞こえなくなった。突発性難聴を疑って、ステロイドの大量投与を受けたが、MRI検査の結果、見つかったのは、聴神経腫瘍だった。

 

「病気は連打で来ましたね。私は『不幸のつるべ打ち』と言っているんですけど(笑)。脳神経外科で診断を受けて、パニックですよ。そこでもまた、10万人に1人の症例と言われて。もう、やってらんな〜いって」

 

失聴は、治らない。腫瘍が大きくなるのを防ぐため、北川さんは、ガンマナイフのオペを受けた。

 

「切除するのは、大腸全摘手術をしている私には、負担が大きすぎるということでした。良性の腫瘍で、切除しなくても『10分の9は大丈夫』と言うのですが……」

 

そう言われても、大病ばかり続いた北川さんは、不安になる。

 

「私のこの運の悪さを考えると、残りの10分の1に入るんじゃないかと考えてしまうんです」

 

大腸の経過も順調ではなかった。

 

「ほとんどの方は元気になるんですが、私は残った直腸に穴が開いた。しかも、そのオペができるのは、日本に3人しかいないという恐ろしい状態になったんです」

 

これが失聴の翌年、’13年のこと。

 

「私は死ぬのは全然、怖くない。でも、病気のつらいのや痛いのや怖いのや、苦しいのが、もう本当に嫌です。体は壊したけれど、結果、治ってよかったねってわけにはいかず、いつもこの辺りにヤツ(病い)はいるわけですよ」

 

と、北川さんは周囲を差す。

 

「で、ときにブワッと大きくなって私をのみ込もうとする。私は病気と対峙してはいけない、と思う。負けてしまう。それなら、それ以外に気持ちを持っていける、光になるものを見つける。それが仕事なんです」

 

『半分、青い。』を思いついたのは、失聴した直後のことだった。傘を差して半分だけ雨音が聞こえるという鈴愛のシーンは、そのまま北川さんの体験だ。『半分、青い。』の週ごとのタイトルはすべて「〜したい」で統一されている。書く意欲こそ、彼女が生きるための光だった。

「病気と向き合ってきた期間は、もう20年。仕事をしたら、体をさらに悪くすることもあるのかもしれないけれど、私はただただ病いと向き合い、恐れて生きる屍になることのほうが怖い」

 

北川さんは常に、書きたいものを書いてきた。オファーを受けて、書くのではなく、いつも自発的だ。

 

「こちらから『こういうドラマがやりたいんです』と、プレゼンするのが、私の基本姿勢。それは、デビューのころから変わりません。お膳立てをして、夢をかなえてくれる王子様はいないんです。病気を公表したら、仕事がなくなると言う人もいましたが、私は倒れるかもしれない、でも、こんなものを書きます、書けます!と提示します。それで『それなら、北川さんにやってほしい』と思ってくれる人がいないと書けません」

 

『半分、青い。』の執筆中も、北川さんは2度、入院している。

 

「1回は腸閉塞になって。腸閉塞はすごく痛くて、救急車で運ばれて。年に何回か、そういう危機は起きがちです」

 

しかし、そんなときこそ“神回”が生まれる。

 

「律(佐藤健)と鈴愛が別れる第61回。家では、あれだけ透明感のある話は書けません。病室という異空間で、自分がどこにも属していない、あやふや感があった。死にゆく人もいれば、生き残る人もいる。その間にある場所で、不思議な感覚で書いていました」

 

20年の闘病は、苦難であると同時に独自の死生観を形成し、作家としての強烈な個性になっていた。

 

「病気とのせめぎ合いのなかで、綱渡りのようにどうバランスを取っていくか。『半分、青い。』にはそれが出ているかもしれない」

 

鈴愛は、漫画の世界で挫折し、離婚し、職も転々。それでも『半分、青い。』世界に光を見つけて、次の「〜したい!」に突き進む。北川さんも一緒だ。病気と折り合いをつけながら何度も試練を乗り越え、書き続ける。