「リーダー」と呼ばれたころは「鬼のようだった」と、自分でも思う。数々の“武勇伝”も、過酷なアイドル業界で、自分だけでいっぱいいっぱいだったから、とも――。母になり、福岡に移り住んだいまはとっても穏やかだ。もうひとりじゃない。夫がいて、何より大切な子どもたちがいる。“公園デビュー”=「子育ての日常」で、子どもたちにとっていいママでありたいと思うから、強くなれる、優しくなれる――。

 

’98年のメジャーデビューから今年で20年を迎えた人気アイドルグループ「モーニング娘。」中澤裕子(45)はその第1期メンバーで、記念すべき初代リーダーを務めた。

 

そんな彼女はいま、東京から遠く離れ、福岡で暮らしている。彼の地でレギュラー番組を6本も抱える売れっ子ぶりだ。

 

「福岡に来たのは、そもそも主人の仕事の都合なんです」(中澤・以下同)

 

中澤は’12年4月、1歳年上の会社経営者と結婚した。

 

「本社は東京ですけど、主人の会社は福岡にもオフィスがあって。『今後は福岡を拠点に九州、アジアへ事業展開したい』と、結婚前から聞かされていて。でも、私は芸能人、『東京を離れるのは絶対無理』と断っていたんですが……」

 

’14年春、中澤は家族とともに福岡に移住した。

 

「お仕事は続けたいとは思ってましたけど。でも福岡に来て仕事がある保証なんてゼロ。伝手も何もありませんから、そのまま芸能界をフェードアウトする可能性もかなり高いと思ってました。そうなったとしても、それはそれ、私の芸能人生、それまでだったと覚悟してました」

 

本人の覚悟とは裏腹に、移住直後から手帳は埋まりだした。

 

「東京風を吹かせない、と肝に銘じてます。『私はこっちの皆とは違う』という雰囲気を出す人は、福岡では受け入れてもらえないと最初に聞きました。そんな意識を持っていると、番組を見てる方にもわかるんだそうです。私は住民票もこっちに移してますし、何より子どもたちを“福岡の子”として育てていきたいと思ってますから。そこはしっかり守りたい」

 

元来、人付き合いは苦手。昔は仕事仲間はいても、友達なんて数えるほどだった。それがいまは、信頼のおけるママ友が何人もいる。

 

「最初こそね、だ~れも近寄ってきてくれなかった(笑)。急に私が現れて、驚いてたのかも。でも、皆モー娘を見てくれてた世代なので。『ずっと曲、聴いてたよ』『テレビで見てたよ』って言ってくれて。いまでは幼稚園でわからないことがあっても、上のお子さんがいるお母さんが教えてくれたり。普通に接してくれるのが、本当にありがたいです。まあ、母になった以上、付き合い下手ではすみませんから、自分から積極的に飛び込んでいくようにもしてます。先日も『私、これやります』って手を挙げて、幼稚園の運動会で警備係、やったんですよ」

 

東京では人目を避け、下ばかり向いて歩いていた。それがいま、福岡では堂々と前を向く。昔はほとんど乗ることのなかった地下鉄やバスにも乗る。この夏には繁華街・中州にほど近い、にぎやかな川端通商店街を、子どもたちと手をつないで、よく散歩した。

 

「確かに人、多いですけど。でも、子どもといると心強いというか。何かあったらこの子たちを守るのは自分だと思ってるから、なんか強くなれるんです。その日も、私に気付いた人がいて。『あっ!?』って驚いて声をかけられたんですけど。私からも『あ~!』って手を振り返したりして(笑)。そしたら、子どもが『お母さんのこと、皆、知ってるね、よかったね~』って言ってくれて。私は『ありがたいね~』って。そんな会話を最近してますね」

 

福岡に骨をうずめる、そう決めてもいる。

 

「子どもたちには故郷を作ってあげたいと思ってます。だから、主人には『また別の場所で仕事したい、となっても、私はもうついていかないからね』って宣言してます」