監督映画『轢き逃げ』公開!水谷豊が作品に込めた娘への想い

水谷豊さん(66)が監督・脚本を務めた映画『轢き逃げ-最高の最悪な日-』(配給:東映)が5月10日からロードショー公開。監督作品は、’17年公開『TAP-THE LAST SHOW-』に続く2作目となる。

 

前作はけがで引退を余儀なくされた元タップダンサーが、閉館する劇場のために、若手ダンサーを育成して最後の公演に挑むというエンタテインメント作。2作目にはサスペンスというまったく毛色の違う作品を選んだ。

 

「次の作品をやることになったとき、プロデューサーが『水谷さんが思うサスペンス。それが見たい気がする』と、言ってくれた。そこで、自分のなかにどんなものがサスペンスの世界としてあるのか、ちょっと考えてみようというのが始まりでした」

 

それから、2日ほどたって浮かんできたのが、主役の宗方秀一(中山麻聖・30)と森田輝(石田法嗣・29)の姿だった。

 

「2人は学生時代からの付き合いで、同じ会社に就職します。でも、片方は憧れられる存在で、もう片方はおもしろく振る舞ってもり立てるという役柄。こういう関係はよくあることだけど、ちょっとした嫉妬心やいたずら心が、大きな事件を招いてしまう。そこが始まりでした」

 

結婚式への打ち合わせに急ぐ秀一が運転する車が、人気のない路地裏で若い女性をはねてしまうところから物語は始まる。輝のささやきで、2人はその場から逃げ去ってしまうのだが――。

 

水谷さんは’52年7月14日、北海道で生まれた。7歳のときに東京へ移り、12歳で児童劇団に入団。その後、’68年放送の手塚治虫原作の実写ドラマ『バンパイヤ』のオーディションで主役の座を射止めた。高校卒業後はアメリカに行くつもりだったが、父親が勤めていた会社が倒産し、渡米を断念。とりあえず大学進学を目指すことになった。

 

「その時点で、役者は一度辞めていたんです。完全に辞めたのに、大学を落ちて、ちょうどバイトもしなきゃいけないというときに、たまたま、僕が役者を辞めたことを知らないプロデューサーから声がかかった。『どうだ、仕事は? 監督と会わないか』って。知っている世界だし、バイトとしてならいいかって、19歳のときにまた始めたんですよねぇ。だから、よく言うんですけど、それからもう50年、バイトを続けているんですよ(笑)」

 

役者復帰した直後の“バイト”が伝説刑事ドラマ『太陽にほえろ!』(’72年)。初回で犯人役を演じて、注目を集めた。’74年、故・萩原健一さん(享年68)と組んだ『傷だらけの天使』は、視聴者の心に強いインパクトを残した名作となった。

 

しかし、役者としての成功を素直に喜ぶことができなかった。

 

「『傷だらけの天使』を始める前に、『これが終わったら、役者は辞めます』と、言っていたんですよ。僕はこの世界に長くいない。長くいる世界じゃないと思っていましたから。大学を落ちて、4年です。もう、別の世界に出合わないといけないという思いでした。ただ、辞めようとすると、なんかヒットするもんですねぇ」

 

’76年、映画『青春の殺人者』で、キネマ旬報賞主演男優賞を受賞。’78年には主演した学園ドラマ『熱中時代(教師編)』が大ブレーク。水谷さんの演じた北野広大は、理想の教師像として、日本中の親や子どもたちの憧憬を集めた。

 

それでも「別の世界」を求める気持ちは微動だにしない。タップダンスに心がひかれたのも、20代のころだ。

 

「『TAP』を市川崑監督(享年92)のところに持ち込んだのは、29歳のころ。脚本家の市川森一さん(享年70)に相談して、監督にお会いして、『TAP』の構想をお話しさせていただきました。一昨年、映画化した作品とは違います。そのときは、自分が踊るつもりでしたから」

 

’82年のドラマ『あんちゃん』、’83年の『事件記者チャボ!』で共演した、元キャンディーズの伊藤蘭さん(64)と、36歳のときに結婚。そのころになっても「別の世界」への憧れは消えずにくすぶっていた。そんな水谷さんを変えたのが、娘・趣里さん(28)の誕生だった。’90年9月、38歳になっていた。

 

「役者というのは、自分でこの仕事を一生やると決められない。基本的には、オファーがあっての仕事です。自分で一生、続けられないかもしれない仕事を本業といっていいんだろうか、とかね。そんな思いに駆られたりするんです。ただ、娘ができたときには、やっぱりね……。どこまでできるかわからないけれど、できる限りやってみようかな、と」

 

映画『轢き逃げ』で、水谷さんは、監督・脚本だけでなく、轢き逃げされて亡くなった被害女性の父親・時山光央役を演じている。肩を落とし、少し丸めた時山の背中からは、ある日突然、娘を失った父親のぼうぜん自失と傷心の深さがにじみ出る。

 

犯人たちが逮捕され、刑事が娘の遺品を渡しに来るが、その中に携帯電話がなかったことを時山は不審に思う。事件のあの日、娘に何があったのか。突き止めようとする時山の鬼気せまる行動は、観客の心をわしづかみするはずだ。

 

《私は、もう(娘が)帰ってこないこともわかっています、でも、やっぱり親として……》

 

劇中で、父親としての時山の思いを受け止めるのが、水谷さんの“盟友”岸部一徳さん(72)演じるベテラン刑事、柳公三郎だ。

 

「柳も離れて暮らす娘がいます。警察として時山に過激なことはしてほしくない。でも、一方で、気持ちが痛いほどわかる。そんな役を完璧に表現してくださいました」

 

時山の娘である望は劇中で28歳の誕生日を迎える。

 

「僕にも娘がいますからね……。時山が娘を亡くして抱いた気持ちは、僕のなかにも自然に、よぎっていきます」

 

取材直前の3月1日、趣里さんは日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。昨年公開された菅田将暉(26)とW主演の映画『生きてるだけで、愛。』で、自らの精神的な弱さに苦しむ難役を演じきったことが評価された。娘の映画を見た感想を水谷さんはこう語った。

 

「僕も試写を見せていただいて……。『あぁ、いままで何も言ってこなくてよかったな』、と思うぐらいいい映画でした。感動しましたねぇ。そんなときにふと、娘がこの仕事を選んで『まぁ、よかったな』という気持ちになるんです」

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