ピーター 母の言葉で得た生き方「誰が好きでも別にかめへん」

例年とは少し違った盛り上がりをみせた、令和最初の紅白歌合戦。紅でも白でもない、自分らしさを前面に打ち出した氷川きよしが「限界突破」したかと思えば、紅組のトリ、MISIAは、ド派手メーク&衣装のドラァグクイーンを従え、多様な性を象徴する虹色の旗を掲げて――。

 

「私がデビューしたころとは時代が違うんですよね。私なんて、化粧してるってだけで出られなかったから(笑)もう、いまの感覚の人がディレクターやプロデューサーを務めてるんでしょ。だから、そんなこと、別に新しいとも思ってない。これが当たり前と、番組の作り手はもちろん、見る人だって思ってる」

 

こう話すのは「ピーター」こと、歌手・俳優の池畑慎之介さん(67)。

 

上方舞吉村流の家元を父に持ち、幼いころから芸を厳しく仕込まれていた彼は、映画『薔薇の葬列』で、いきなり主役を務めて鮮烈な銀幕デビューを飾った。翌月には歌手デビューも果たし、デビュー曲『夜と朝のあいだに』は大ヒット。以後、性別を超越した独自の魅力で芝居に、歌に、ときにはバラエティにと、半世紀以上にわたって芸能界で活躍してきた。最近では人気ドラマ『下町ロケット』(TBS系)でイヤミな弁護士役を白髪頭で演じ、好評を博した。

 

性別を超越したジェンダーレスタレントの先駆け、それがピーターだった。そんな彼は、中学時代、ある人を好きになったという。それは学校の先輩男子だった。

 

ピーターは、母とは「一卵性親子」を自認、何事も包み隠さない関係だった。このときもピーターは正直に打ち明けたという。「こんな気持ち、おかしいかな?」。その時代、一般的な親なら、烈火のごとく怒ったり、息子の気持ちを頭ごなしに否定しかねない相談内容。ところが母は満面の笑みとともに、息子が拍子抜けするような言葉を返した。

 

「別に、かめへんやん。あんたが誰を好きになろうと」

 

母はいつも「自分の気持ちに正直に生きなさい」と教えてくれたのだ。

 

「なかには、自分がゲイだってことで、すごくブルーになって不幸にも自殺しちゃうような子もいますよね。または、カミングアウトしに実家に帰ると、お母さんが泣きながら『私は前から知ってたわよ』というパターンも。その点、うちは最初っから話してたし。本当に幼いとき、男なのに白粉塗って舞台で拍手貰う、その感覚も嫌いじゃなかったし。そんな私を父はライバル視してるしね(笑)。だからね……私は、やっぱりあの両親のもとで、なるべくしてピーターになったんですよ」

 

少し前に訪れたニューヨークで、ピーターのことを知らない現地の人から、こんな質問を受けた。「きみは男性なの? 女性なの?」そこでピーターは、通訳してくれる友人に向けて、こう告げたという。

 

「どっちでもいいじゃない、私は私、ピーター・イズ・ピーター、そう答えといて」

 

私は私。そんな信念を胸に生きてきた池畑慎之介さんは、いま、67歳。老いを自然と意識したように、死についても考えることが増えた。近年、親交のあった俳優など、先立ってしまった仲間も少なくない。

 

「そうそう、私ね、孤独死って言葉が大嫌いなんです。その人の人生の、本当のところなんて何もわからないくせに『孤独死でした、寂しい最期でした』って勝手に死に方にまでレッテル貼るなよ、って言いたい。大好きな自宅で1人、倒れて死ぬって、結構幸せな最期と思ってる。何より、煩わしいことが嫌で、孤独を愛したり、孤独を楽しんでる人間だっているんだから。それを勝手に『寂しい』だなんて言ってほしくない!」

 

インタビュー中、ピーターがもっとも熱く語った瞬間だった。そして、こう言葉を付け足した。

 

「だから、どんなことがあっても、私は最期、笑って死んでやろうと、そう思ってる。だって、そもそもさ、子や孫に看取られようが、1人で逝こうが、死んだらその瞬間、タンパク質になっちゃうんだから。笑顔のタンパク質で逝こうと、そう決めてるんだよね……」

 

ここまで話して急に「あ!」と大きな声を上げ、立ち上がった。インタビューをしていた場所は、神奈川県・湘南海岸。海沿いの高台に立つ自宅だ。驚いた記者の肩をポンポンとたたくと、少年のような無邪気な笑みを浮かべ、うれしそうにこう続けた。

 

「ほらほら、見て見て、晴れてきた。富士山、見えてきたよ!」

 

「女性自身」2020年4月28日号 掲載

関連カテゴリー: