「そんなふうに、母ちゃんから、スゲェ論理的に、メチャクチャにダメ出しされました。俺の思いとぜんぜん違う見地から、母ちゃんが見ていた。そりゃそうですよね、丸1年かけて稽古して、演出した人ですから。しまいには、照明の具合なんかにまでダメ出ししてきて、若干、俺の範疇を超えてるなぁ、とは思ったけど……」
結果的にそれが、生前の和枝さんが最後に観た佑の芝居となった。翌日の公演から、佑はすぐ軌道修正した。
2月20日公開の映画『痛くない死に方』で、佑は主演俳優として、終末期の患者を看取ることに悩みながらも、人間的に成長していく若き在宅医・河田を演じている。
現時点で、自身は“終活”についてどう捉えているのだろうか。そう問うと「う~ん」とひとつ置いた末、佑は意外な返答をした。
「……この役を演じ終えてはみたんですが、“終活”というものが、まだ“自分事”としては実感できないんですよね」
役になり切る作業の中で、終末医療や終活の文献に目を通したり、現場取材を重ねてきたはずである。現段階の持論、あるいは準備の状況などについて、具体的に言及してくれるものと予測していた。
しかし「実感できない」という言葉で佑はこちらの想定を打ち消し、別の角度から話し始めた。
「我々役者は、毎日スーツを着て通勤するわけではなく、仕事がないときは、1カ月半も白紙ということもザラです。社会のルールを感じづらい職業ですが、だからといって生活の機軸が危うくなってしまってはいけない。確かに映画好きが高じて、この世界にいられるのは嬉しいですが、素晴らしいことでも、素敵なことでも何でもない。特殊なことをしている意識ではなく『これは自分の仕事である』というスタンスで、向き合うようにしているんです」
そんな職業観を意識したのは、高校を卒業し、ひとり暮らしを始めた後のことだったと振り返る。
「学業がない上に、それこそ仕事が1月半もなくなっちゃったとき、『俺、なにしているんだろう?』と、足元がおぼつかない思いに襲われた。そのとき『生活をしっかりしなきゃ』と思ったんです」
万年床を畳み、汚れたままだった食器の山をキレイに洗った。
「ちゃんと生きていることが自分の本分となって、そこに生活があることが、社会と自分のつながりに思えた。『私生活をちゃんと維持すること』が、この仕事を続けるモチベーションになったんです。自分のなかの“発明”でした」
役柄に飲み込まれることなく、生活に機軸を置いて芝居をする。その信念をより堅固にしたのは、やはり安藤サクラとの結婚――のちに長女も誕生と、“所帯を持った”ことにあると、明確に言う。
「未来を見据えて“家族を持った”という覚悟でした。たとえば長編映画の監督という夢は将来的にありますが、職業としての俳優は、一生続けていくものだと思います。それで『役者やめるわ、俺』となって、家族を不安にさせることはできませんから。家族という船を漕ぐためのオールは、俳優業でなければいけないということです」
観る者の魂を揺さぶり、ときに人生をも左右しうる映画・演劇界の世代のトップランナー・柄本佑の、これが現在の境地である。とはいえまだ30代半ば、その軸がちょっと揺らいでしまうようなことは、まだまだあるだろう。
そんなときは亡き母・和枝さんの“ダメ出し”の出番に違いない。
《佑、いまのアンタ、ぜんぜん、ロマンチックじゃないよ――》
佑の胸に刻まれている。
(取材・文:鈴木利宗/撮影:永田理恵/スタイリスト:林道雄/ヘアメイク:星野加奈子)
【INFORMATION】
映画『痛くない死に方』
2月20日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
出演:柄本佑、坂井真紀、余貴美子、大谷直子、宇崎竜童、奥田瑛二ほか
監督・脚本:高橋伴明
原作・医療監修:長尾和宏
http://itakunaishinikata.com/
「女性自身」2021年2月16日号 掲載