「赤井英和の生態」でバズった“嫁アカ”佳子さん語る夫への思い
画像を見る 大人気を博した佳子さんのツイート

 

■佳子さんがツイートに込める気持ちは

 

「フォロワーさんに相談されることもあります。たとえば《疲れて帰ってきた俺がなぜ皿洗いしなきゃいけない? キミは専業主婦だろ! と夫に言われます。どう返したらいいんでしょう?》とかね。ちょっと込み入った相談には、なるべく個別にDMで返信します。《じつは私も同じかもしれないです。結構しんどいこともあるよ》」と、佳子さん。

 

「たとえば赤井に嫌な思いをさせられて、それを私がアップしたとする。笑える共感もあれば、笑えない場合もあるかもしれない。でも『憎たらしい』と思うことも、『面白いと思えば面白いかもよ!』っていうニュアンスを伝えたいんです」

 

そんなユーモラスで温かい赤井家にも、乗り越えようのない悲しい出来事があった。

 

次男・英佳さんが生まれた2年後の’98年、佳子さんは双子の女の子を妊娠していた。しかし、さくらこ、ももこ、という愛らしい名前がつけられた2人は2カ月以上もの早産で、順に1千410g、1千120gの低出生体重児だった。

 

心臓や気管が未発達で自発呼吸も難しく、ももこちゃんは生後わずか3日間の短い生涯を閉じた。さくらこちゃんも生後10日ほどで脳の損傷がわかり「将来も歩くことができないだろう」と医師に言われながら頑張ったが、生後7カ月で天国に旅立った。

 

「さくらこが懸命に頑張っている時期でも、まったく私は前向きになれませんでした。逃げたい、状況を受け入れたくない。そして、『なんで私なんだろう?』と。でも、赤井は前向きでした。『どんな治療でもやろう、一歩進もう』と。仕事の撮影現場でもニコニコしていたはずです。でも、そんな強い赤井が私以上に苦しんでいたことが、あるときわかったんです」

 

そのころ現実から逃避したかった彼女は「下ばかり向いて」過ごしていた。ある日ふと顔を上げ、夫のほうに目をやると「その姿はボロボロだった」ことに気づいた。

 

「肩を落として落ち込み、眉間に皺をよせる赤井は、本当に惨めな姿でした。こんなにみすぼらしい人だったっけと思うほど弱っていた。『ああ私といっしょだ、赤井もこんなに苦しんでいたんだ』と」

 

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