■不妊治療再開に秘めた夫婦の決意
右乳房の全摘出手術をした。しかし、ほどなくして再発。がん治療のために女性ホルモンを抑える薬を使用しながら、我が子を授かるという夢が遠ざかっていく。
理想は女性ホルモンを抑えるがん治療をあと3年続けることなのだが、45歳を迎えてすぐ、だいたさんは決意した。
「私の乳がんが遺伝性かどうか調べる検査を勧められたんです。もし遺伝性だったら、卵巣でもがんが再発する恐れがある。でも結果、私は遺伝性じゃなかった。それならまたチャレンジしたいと思ったんです」
がんの治療を中断し、不妊治療を再開することにしたのだ。
「主治医も『たった一度の人生だから応援します』と言ってくださったので、凍結している受精卵を迎えに行こうと思いました。それは妻と同じ気持ちだったんですが……、この先に採卵をさらに続けたいと言われたら、“引き留めよう”と思っていました」
小泉さんは、少し眉間にしわを寄せて「実は複雑な心境だった」と話す。
──大事なのは、妻の命。
「もし結果がよくなかったら、2人でいるだけで楽しいから、それでいいじゃんっていうふうに持っていこうとしていました」
だいたさんが乳がんになってから5年、2人だけでも僕は幸せだと、伝えられていた「自信がある」。がんの再発のことは頭から離れず、葛藤はあるが子どもは欲しい。悩んだ揚げ句、これが最後と割り切り、腹をくくったのだ。
「自分ががんになって、夫には申し訳ないという気持ちがあります。再発したときも、また家族のテンションを下げちゃうなって、残念でした。だけどがんになってから、命に限りがあることを重々感じたので、人生やり残したことがないようにしたいという思いが大きかったですね。凍結した受精卵の保存について、年に1回、更新手続きがあるんですが、その日だけ親になった気持ちになっていました。あのままだと70、80歳になっても凍結していて、絶対に後悔すると思ったんですよね」
そんな、覚悟をあらたにしただいたさんに、奇跡が起こった。
以前、不妊治療中に凍結しておいた受精卵は最後の一つ。お腹にもどした最後の希望が無事に着床し、妊娠したのだ。取材時は14週目。経過は順調だ。