「いまの私を等身大で表現したいと思って、衣装やメークをはじめ、振付も全てセルフプロデュースしました。69歳になりましたけど、まだまだやれる! というところを見せたかったんです」
そう語るのは歌手人生50周年を迎えた小柳ルミ子さん(69)。今年の4月には、57枚目となるシングル『深夜零時、乱れ心』をリリース。ロック調の音楽に乗って網タイツ姿でセクシーダンスを披露するミュージックビデオは、“エロック”と銘打たれた。
「エロくてロック。で、エロック。うまく言ったものでしょう(笑)。これまでもずっとステージで網タイツをはいて踊ってきましたから、私自身は全く違和感がないんです。色っぽくカッコいい、それが私らしさだと思っているので」
’71年に『わたしの城下町』で歌手デビュー。『瀬戸の花嫁』や『京のにわか雨』など抒情派歌謡の大ヒットで国民的歌手となったが、本人が目指すものではなかったという。
「3歳からバレエを学び、私の強みは歌うことと同じくらい踊ることだ、と。その思いをずっと封印してきて、ようやく踊りにも力を入れることができたのは30代後半でした」
大きな実を結んだのは音楽活動だけではない。30歳のときに映画『誘拐報道』(’82年公開)に出演。同作の監督から映画『白蛇抄』(’83年公開)の主役の話が舞い込んだ。
「『白蛇抄』は官能描写が多かったので迷いはありました。でも監督を100%信頼して、自分ならできると信じてお受けしました。ただ、所属事務所には事後報告したので、社長に烈火のごとく怒られて(笑)」
初ヌードも披露したこの作品の演技で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。大きな分岐点になった。
一方、30代は私生活でも転機が訪れた。36歳のときに結婚。相手が13歳年下の無名ダンサーだったために“格差婚”と揶揄されたが、その熱愛ぶりからおしどり夫婦と呼ばれるまでに。
しかし、夫婦生活は9年で破綻。離婚の真相が小柳さんの口から語られなかったことから、その後2年間マスコミに追われ続けた。
「買い物に行くと、レジの横に並んでいる週刊誌に書かれた“瀬戸際の花嫁”という文字が目に入るんです。うまいタイトルをつけるものだなあって(笑)。
人間性まで否定されるような書かれ方をするたびに世間がみんな敵に見えました。でも、自分が選んだ人ですし、結婚も離婚も一生懸命やった結果。まったく後悔していません。いま思い返しても、沈黙を通した自分を褒めてあげたいです」