「ハニーが僕の中に入っちゃった」夫婦間腎移植をした小錦八十吉さん・千絵さん夫妻の絆
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■大変さを見ていたので、いざというときは「透析よりも手術を」と

 

小錦さんが腎機能の低下を痛感したのは2018年のことだった。

 

妻・千絵さんが当時を振り返る。

 

「一時は体重が300kg近くあったのですが、ダイエットとリバウンドを繰り返しながらも努力した結果、約半分の150kgを切るまで減量することができました。

 

しかし、現役時代から体の痛みをカバーするために飲んでいた痛み止めが、徐々に腎臓への負担となって、今度は入退院を繰り返すようになってしまったんです」

 

医師には「心臓にも負担がかかっています。このままでは心不全を起こします」と言われた。

 

「腎機能もかなり低下していて、『いずれは人工透析か腎臓移植が必要になります』とも言われました……」

 

糖尿病などの疾患で腎機能が著しく低下した場合に用いられるのが人工透析だ。もしくは、腎機能の回復が望めない場合に腎臓移植手術が用いられる。

 

かなり以前から小錦さんはこの二者択一が必要な状況だったのだ。

 

それでも「だましだまし」日常生活を送っていたのは、タレントやイベント・プロデュースなどで、日本全国のみならず、米国はじめ世界を渡り歩かなければいけないビジネス・スタイルからだった。

 

小錦さんが言う。

 

「僕は、いざというときは、『透析よりも手術を』と考えていました。

 

というのは、僕のママと、きょうだい2人も人工透析をした経験があり、その大変さを見ていたから。

 

人工透析は週3回しなければいけない。すると僕の『世界を飛び回るビジネス』はできなくなってしまう。仕事しないで、どうやって生きていくの?」

 

小錦さんは、過去に5度、人工透析を試してみたことがあった。

 

その実感としては「体がきれいになっていくから、すごく気持ちよく眠れる。でも、僕は仕事しなければいけない。眠くなっちゃって仕事ができないのでは困る」

 

そしてとうとう昨年7月、自身がプロデュースする、を食べながら相撲を観戦するイベント「相撲アンド寿司」の米国巡業で訪れたシカゴで、限界が来た。

 

「すごく具合が悪くなり、病院に行ったんです。すると心臓と肺に水がたまっていると言われました。『これで飛行機に乗ったら死んでしまいます』と」

 

即入院して水を抜き、10日間ほどの入院生活を経て退院。なんとか帰国すると、もう透析か移植か、選択の猶予がなくなっていた。

 

今回の移植手術の主治医で、3年前から小錦さんを診てきた湘南鎌倉総合病院・院長補佐・腎移植外科主任部長の田邉一成医師は、日本の腎移植の第一人者である。

 

これまでに2千例以上の腎移植手術を手掛けてきた田邉医師に、その概要や費用面について聞いた。

 

「日本には、人工透析患者が年間約三十数万人いるのに対して、腎移植手術の実施数は、年間約2千例弱しかありません。

 

しかし透析を開始して10年後の生存率が60~70%ほどであるのに対して、腎移植手術から10年後の生存率は、90%以上あります。

 

腎移植の生存率のほうが高いのに、手術を受ける人がまだまだ少ないのが現状なのです」

 

その理由は、適切な説明を受けていない場合や、献腎移植(亡くなったドナーからの移植)の実施数が、ドナー不足で少ないこと、などがあるという。

 

「2つある腎臓の片方を提供しても大丈夫なの? と心配になる人もいらっしゃるかもしれませんが、残る1個の腎臓でふつうに生活が送れるかどうか、検査して見通しを立てたうえで手術します。

 

実際には献腎移植より生体間腎移植(配偶者や親などからの移植)のほうが圧倒的に実施数は多く、さらに生体間腎移植のうちの6割ほどが、夫婦間での移植です」

 

医療費を比較すると、人工透析は年間300万~500万円程度かかり、腎移植手術は手術時に500万円程度かかる(特定疾病療養、高額療養、そのほかの助成制度、健康保険適用などで、自己負担額は大幅に抑えられる)。

 

だが腎移植は手術の翌年以降にかかる費用が、おもに免疫抑制剤などの薬代だけですみ、医療費を大幅に抑えることができるのだ。

 

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