■母に現れた異変症状の改善を願って
このころ、伊代子さんには認知症の初期症状が現れていたという。
「すごく掃除が丁寧できれい好きな母が、自室でビニール製のプチプチをつぶし続けるようになったり、新聞の広告の紙をハサミで細かく切り刻むようになって。医師に相談をして、当時は、認可された認知症薬はなかったんですが、改善薬を試してみたんです。すると母の体が震え始めて……。副作用が強くて母には効かなかった。
その姿を見て『お母ちゃん、ごめん』と、薬の服用は一切やめました。症状が進んでいく母に、妻が本当によく向き合って、面倒をみてくれました」
90歳近くになり、施設へ入所したときには、息子の野口さんのことも、わからなくなっていた。
「家族でよく、母に会いにいきました。一緒に過ごして、『楽しかったね』『うん。あのね、ところであんた誰?』と、言われたときは、すごくつらかったですね」
じつは野口さんは研究者としての顔も併せ持つ。10年以上前から、人には聞こえない深層振動(DMV、20ヘルツ以下の低周波音)について、大学教授らとともに研究を行っている。野口さんは、このリラックス効果や脳の活性化が期待されるという深層振動を自身のコンサートでも流しているという。
「僕のコンサートを鑑賞した母が、終演後に楽屋に来て、『やっちゃん、やっちゃん、どこいくの~?』と、本名(佐藤靖)を呼んで両腕を伸ばしてくれたんです。え? 僕のことわかったの!?と、びっくりするのと同時にうれしかったです」
その後、伊代子さんのいる施設に深層振動のスピーカーを置かせてもらったという野口さん。
「母の脳が活性化したのか、いろいろと思い出してくれたんです。施設の方も、明らかに母が変わったと言っていました」
伊代子さんは最期まで、野口さんや家族のことを認識してくれていたという。
「施設に行くと、子ども時代に、父母と歌った『支那の夜』を母と一緒に歌ったりできました。子どもたちと行くと、娘の肩を抱いたりハグしたりするのに、僕には、わざと『あんた誰?』みたいなツンデレになるんです~。オフクロかわいいでしょ?」
母との別れから1年。‘26年に古希になり歌手デビュー56周年を迎えた野口さん。音楽大学を卒業しピアニストとして活動中の娘、文音さんの演奏で歌うこともある。
「70歳のいま、声の調子がすごくいいんです。ピアノを弾く娘もそれを実感してくれていて。僕の曽祖父は人形浄瑠璃の太夫で、父母も歌手。僕が、父母と話していたようなことを、いまは、子どもたちに伝えていて、世代を超えて思いも受け継がれています」
最後に、自身の座右の銘を教えてくれた。「積極的・楽観的・希望的」でいること。親の介護に悩む人に参考にしてほしいと話す。
「この順番が大事。まず一歩前に出ようと積極的になること。そして楽観的に。そして希望的。だってこの反対は、消極的・悲観的・絶望的になってしまう。いま、どんな状況に置かれていても、3つの言葉を魔法のように唱えて乗り越えてほしい。きっとその先にいけますよ。古希のマザコンの僕を信じてほしいな(笑)」
画像ページ >【写真あり】伊代子さんが入所する施設をよく家族みんなで訪れた(他2枚)
