「息子がそんな仕事をしたら会社をクビになる」日本一の進学校・筑駒出身AV男優 親の反対を押し切り年収3000万円を稼ぐまでの25年
画像を見る 45歳を機に第一線での男優活動から退いた森川さん(写真:本人提供)

 

■大学1年生の夏にAV男優の面接へ

 

優秀な同級生の中、森林はエロの分野では一目置かれる存在で「歩く有害図書」と評されたとか。

 

「横浜出身なので、黄金町と言われるかつての青線地帯に友達を連れて見学したり、親のレンタルビデオの会員証でAVを借りまくったり、ときには友達に又貸ししたり。裏ビデオを買おうとして、騙されたこともありました。欲望に対する行動力はかなりあるほうだったんです」

 

一方、学習意欲は一向に湧かず、1年間、浪人生活を送った。同級生や先輩が当たり前のように進学する東大を目指したが、センター試験の成績が悪すぎて受験することすら叶わなかった。“筑駒出身”の自負から受かると思いこんでいた早稲田や慶應にも届かない。

 

「結局、専修大学の心理学部に進学しました。筑駒出身ということもあったし、10代を筑駒から近い渋谷という若者文化の中心で過ごしていた自負もあって、斜に構えていた部分もあったんでしょうね。大学のクラスメイトとも馴染めないまま、もともとエロに興味があったし、性的な快楽を求めたい部分もあって、大学1年の夏にはAV男優の面接を受けていました」

 

成績の低迷、大学受験の失敗、思うようにいかない大学生活など、かつて筑駒入学時に思い描いていた人生とは、全く違う現実が目の前にあった。

 

「単に性欲を満たすだけなら自分でしたり、バイト代を貯めて行ってた風俗でも十分です。それでもAV男優の面接を受けたのは、ある種の自傷行為に近かったのかもしれません。取り返しのつかないことをして人生メチャクチャになって、自分の人生を自分のものにしたという実感を得たかったんじゃないでしょうか」

 

とはいえ、大きく道を踏み外すという恐怖も抱えていた。

 

「面接をして10日後くらいに最初の撮影があったんです。撮影自体はすごく順調にいって、監督やスタッフに褒められました。自分にこんな才能があったんだとうれしくなりました。でも、帰宅のために乗った電車がトンネルに入ってガラス窓に映った自分の姿を見たとき“もう親に見せる顔ないな”と強く感じたのを覚えています」

 

同級生たちとの比較にも苦しんだ。母校・筑駒の学園祭に足を運んだときのことだ。居酒屋で大学2年になった同級生や、3年生、4年生の先輩と食事をしているときに就職活動の話題になった。

 

「『これからは電通はやめておいた方がいい』『国I(国家公務員I種)を受けるにはこうしたほうがいい』『司法試験に早く受かるやつはこうやっている』といった話題に。出てくるのは一流の就職先ばかり。でも、ボクにはどの選択肢もないし、飲み慣れない酒を飲んだこともあって、突然、涙が止まらなくなって……。

 

ボロボロ涙を流しているから、みんなびっくりして。同級生に心配されて、AVの世界に行ったと告白しました。ただ、後から聞くとあまりにもボクが取り乱しているものだから“何か大きな病気になって絶望したんだ”と思われたみたいです(笑)」

 

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出典元:

WEB女性自身

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