■1日7~8時間のレッスン 1部屋に7~8人が寝食をともにする練習生生活
「BTSが7人グループとしてデビューするまでに、30人以上の練習生たちが宿舎に出入りしていたんですよ」
そう教えてくれたのは、ソウル在住の芸能ジャーナリスト、ソ・ビョンギさんだ。BTSのデビュー前からメンバーを見守ってきた彼は、さらに続けて言う。
「パン・シヒョク氏は、まずは門限も何も強制せず、ダンスや歌のレッスン、曲作りも本人の自主性に任せていた。ただし、3カ月たっても見込みがなければ宿舎を出ていってもらう。
音楽が心底好きで資質があって、態度も性格もいい少年だけが本格的なレッスンに残るのです」
「パン・シヒョク氏」とは、韓国の大手芸能事務所から独立し、’05年に自らの会社「ビッグヒット・エンターテインメント(現・ハイブ)」(以下・ビッグヒット)を立ち上げた音楽プロデューサー(以下・Pd)だ。
練習生たちは、パンPdのディレクションのもと、1日7~8時間の本格的なレッスンを受ける。そして毎週、彼らの練習映像を基に会議が行われ、メンバー候補の入れ替え、再構成が行われるのだ。つまり、一部屋で7~8人が寝食を共にする宿舎から、毎週誰かが荷物をまとめて出ていき、また新しい誰かが入ってくる。いつとも知れないデビューの時を待って、これが無期限に続くのであるー。
■練習生第1号として見いだされたRM ダンスのレッスンに逃げ出そうとしたことも
そもそもパンPdが、防弾少年団という新グループを構想したのは、’10年、アンダーグラウンドのラッパーとして注目を浴びていた当時高校生だったRM(ラップ・モンスター)との出会いだと、ソ・ビョンギさんは語る。
「パンPdは、RMの圧倒的な才能をデビューさせるために、ヒップホップグループを作ろうとしたんです」
メインラッパーのRM(本名=キム・ナムジュン)は、1994年にソウル特別市で生まれ、京畿道高陽市で育った。IQが高く成績優秀。流ちょうな英語は、アメリカのドラマのDVDを繰り返し見て独学したものだ。作家の夢を抱きながらも、父親のようなビジネスエリートを目指し、小学生のころから複数の塾に通っていた。
当時の自分について、RMは国連でのスピーチで語っている。
「他人が作った型に自分を押し込もうとしていました。自分の声に耳を閉ざし、他人の声を聞くようになりました。(中略)幽霊のようになっていったのです」
そんな少年が、13歳のときに見つけた「逃げ込む場所」が音楽だった。しかも自分の思いを詞にしてぶつけるラップだ。
パンPdに見いだされたRMは、練習生の第1号として過酷なレッスンの日々を送るようになった。ダンスが苦手な彼は、「なんでラッパーが踊らなきゃいけないんだ」と反抗したり、逃げ出したこともあったという。