高視聴率の春ドラマ『天皇の料理番』(TBS系)。主人公のモデルとなったのは、宮中晩餐会や天皇皇后両陛下の日常の食事を作る、宮内庁管理部大膳課の初代主厨長で“天皇の料理番”の秋山徳蔵氏だ。
そんな、秋山氏の下で“昭和天皇の料理番”として活躍した矢部金次郎さん(68)と、工藤極さん(63)。大膳課は和食、洋食、和菓子、洋菓子、東宮御所担当と5つの係に分かれており、矢部さんは和食を担当する第一係で25年間、工藤さんは洋食を担当する第二係に5年間奉職。今でも“秋山イズム”ともいえる料理への思いは共通しているという2人に話を聞いた。
工藤「ドラマ『天皇の料理番』では、主演の佐藤健くんが一つのじゃがいもを4等分して、6面体にするシャトー切りを披露していたけど、あれは相当に練習していますね」
矢部「手もとを見たけどたいしたものですよ。秋山徳蔵さんは、健くんのような“追求する”若者を応援する人でした。ボクが’64年に宮内庁に入るとき、面接してくれたのが秋山さんです。当時76歳くらいで、好々爺という感じだったので『この人が大膳の料理長だったんだ』と、あとで知ったくらい(笑)」
工藤「ボクがフレンチの修行をしていたとき、たまたま朝日新聞で秋山さんの勇退の記事を見たのが「大膳に入りたい」と思ったきっかけ。『焦がすな、捨てるな、腐らすな』という明治の料理人の三原則が、大膳でもそのまま守られていましたね。『焦がすな』とは商品価値のないものを作るなということ。『捨てるな』は、本来なら捨てるようなものも、炒めてソースにするなり、まかないにするなりして、創意工夫をするということ。「腐らすな」は文字どおり、在庫を管理して上手に使い切ることです」
矢部「秋山さんはさらに『真心を込める』ことを常々話していました。大事な命をいただくわけですから、決して無駄は許されません」
工藤「『一物全体食』ですね。食べ物の全体をいただくという意味で、バランスよく栄養を摂取できる」
矢部「たとえば鯛でも、1日目は刺身にしたり、カシラを酒蒸しにしてお出しする。翌日はてんぷら、中落ちは包丁でたたいて、骨からはだしを取ってうしお汁に。3〜4日したら、醤油とみりんに漬け込んで竜田揚げにするんです。4〜5回に分けてお出しすれば、高級食材の鯛でも決してぜいたくではありません」
工藤「天皇陛下は毎日『豪華絢爛な食事を召し上がられている』と勘違いされる人も多いですよね。朝は簡単な洋食。昼食が洋食なら、夕食は和食というように、交互にお出しします。洋食がお昼の場合は、カレーライスやストロガノフ、もしくはメイン一品に、サラダをおつけしていました」
矢部「和食は一汁三菜が基本。家庭でみなさんが食されるように、ほうれん草のおひたしや、根菜類の煮物など、ごく普通。メインはお魚、とくにサンマやイワシなど青魚を好まれました」
工藤「よく先輩から言われたのは『どんなときも、機械と同じように作ることができるのが、ホンモノの“手作り”だ』ということ」
矢部「晩餐会でも、ふだんのお食事でも同じように作る。それは秋山さんの教えでもあります。たとえば宮中では、大みそかに出すおそばです。“手作り”“田舎そば”は不ぞろいのそばが喜ばれたりしますが、生そばはゆで時間が秒単位。不ぞろいだと硬さにムラができます。それはプロの仕事ではありません」
工藤「ボクも決められた食材のなか、創意工夫は忘れませんでした。かつて献上品の鮎をお出しするとき、単なるムニエルではなくて、細かく刻んだじゃがいもや大葉を重ねてみたんです。すると、女官長から間接的ではありましたが、陛下からのお褒めの言葉をいただきました。“もう辞めても後悔しない”と思えるくらい、感動しました」
矢部「陛下のお言葉をいただくこと。それは大膳の料理人にとって、一生の宝ですね」