■災害の記憶の風化を防ぐ、節目のご訪問
避難所での出会いで救われたのは、少女ばかりではなかった。宮内庁関係者はこう語る。
「当時、中東ご訪問については、『国民と共にある皇室のはずなのに、なぜこうした時期に旅行するのか』といった内容の投書が、新聞に掲載されたそうです。
また宮内庁に対しても批判や抗議が相次いでいました。雅子さまにとっては本当におつらかったことでしょう。
しかし少女からの似顔絵や、その後に新聞に掲載された少女の言葉により、雅子さまは“いかに自分が求められているか”を知り、そして“寄り添うことで、勇気を与えることができる”という実感を得ることができたのではないでしょうか。いわば、少女との心の交流は、雅子さまの慰問の原点ともなったのです」
天皇皇后両陛下による、長期にわたる被災地ご訪問の意義について、名古屋大学大学院准教授の河西秀哉さんは次のように話す。
「被災地ご訪問は、『国民と苦楽を共にする』という象徴天皇の精神と、被災者と思いを分かち合うという姿勢を示すものです。
また災害の記憶の風化を防ぐという意義もあると思います。日々の生活の中で、被災者ではないわれわれは、震災のことを次第に忘れてしまいます。
それが天皇皇后両陛下をはじめ、皇室の方々が被災地を訪れることで、その地の現状などが報道され、人々の記憶も喚起されます」
今回の兵庫県ご訪問は1泊2日、雅子さまはすべての予定に全力で臨まれた。
17日の追悼式典の後には、神戸市内の「人と防災未来センター」を訪問し、地元の小学6年生が台風の進路を体験する様子をご見学。
小学生たちには「防災についていろいろ学んでくださいね」などと、お二人で声をかけられていたという。
避難所で出会った少女との思い出は、いまも雅子さまのお背中を押し続けている――。
