処女懐胎とは、男女の交わりをすることなしに子どもを宿すこと。神話の世界のような話だが、なんと現代の日本で、そんな“珍現象”が起きているという。
「結婚してから1回も性交渉がない夫婦が、子どもをほしがるケースはこれまでも年に1例程度はありました。ところが、昨年ごろからは1カ月に1例と増えています。しかも、これまでとは傾向がまったく違うのです」
こう語るのは、不妊治療専門病院・はらメディカルクリニックの原利夫院長。不妊で悩む夫婦は6組に1組といわれている。日本初の体外受精凍結受精卵ベビー誕生のスタッフとしても活躍した原医師のもとには、さまざまな治療を尽くしても、なお妊娠まで至らない夫婦が多く訪れてきた。しかし−−。
「これまでの“セックスがない”夫婦は『未完成婚』といい、妻がレイプされた経験があったり、両親のセックスを見てしまったりしたことがトラウマとなり、性交に対する恐怖から“できない”というケースがほとんどでした。最近増えているのは40歳近くなった夫婦で、お互いの生殖機能に問題もなく、『性』のトラウマなどもない“健全”で仲のよいカップル。しかし、彼らはセックスをまったく“しない”夫婦なのです」
そんな“処女懐胎”の具体例を見てみよう。
【実例1】36歳の会社員・青木雄太さんと、34歳のOLの妻・麻衣さん(ともに仮名)の場合
結婚して5年。交際中もふくめて一度もセックスはしていない。セックス経験は麻衣さんがゼロ。雄太さんも20代前半に元カノと数度だけ。麻衣さんが語る。
「趣味や休日の過ごし方など一緒だし、パートナーとして最高。とても誠実だし、愛してます。でもセックスは必要を感じないというか。2人で決めたわけでもなく、最初からそんな雰囲気でした」
中性的な雄太さんがこう付け足す。
「最初は子どもがいなくてもいいと思っていたけど、やっぱり家庭をつくりたい。というか、車の後部座席に子どもを乗せたい……なんとなくファミリーとしての形を整えたいんです。セックスしなくても、不妊治療でつくれるなら、そっちのほうがいいかなと思って……」
青木夫妻は人工受精を行い、結果、女児を授かった−−。
【実例2】38歳の歯科医師・石黒大祐さんと、34歳の主婦・恵さん(ともに仮名)の場合
結婚2年目。大祐さんは10年前に一度、結婚し、数カ月で別れている。恵さんとは知人の紹介で知り合ったが、前の結婚時と違い、セックスは皆無だという。恵さんは処女のままで、今、おなかの中には新しい命が宿っている。
大祐さんの実家は3代にわたる歯科医。結婚は「世間体と、跡継ぎをと親から言われたから」。さらに続けて、「妻というよりは母親や兄妹のような“家族”のような関係かも。一緒にいて楽しいし、別にセックスする必要も感じていません」。
恵さんの話は聞けなかったが、従順な性格という彼女は、そんな“夫婦関係”に不満はないという−−。
男女の社会的性差に詳しい社会学者の瀬地山角東京大学教授は、“処女懐胎”現象をこのように解く。
「これは“テクノロジーが作り出した欲望”と解釈したほうがいいでしょう。生殖医療の技術が進んだことで、60歳の女性が妊娠できるようになったのと同じように、子どもをつくるために、必ずしもセックスは必要ではなくなった。その結果、セックスをしない夫婦が“患者”となって不妊治療を受ければ、子どもができる。あらたな筋違いな“欲望”が生まれたのです」