ハーバード大で人気の日本史講師「5日寝なくても大丈夫」
名門ハーバード大の日本史クラスはかつて、履修者がたった2人の年もあった。それを就任3年目で履修者250人を超える大人気講義に変貌させた日本史レクチャラー(講師)がいる。初めての著書『ハーバード白熱日本史教室』(新潮新書)がベストセラーになっている北川智子さん(32)だ。パワフルに取り組む授業に、学生たちは白熱しているという。
北川さんは1980年、福岡県大牟田市生まれ。小さいときからピアノやお習字などのお稽古に通い、成績はオール5。だが、ただの優等生ではなかったようだ。
「小さいころからの夢は”飛ぶこと”でした。あとから気づいたんですが、夢ってカメラマンとかケーキ屋さんとか職業の話ですよね。なのに私は夢の概念からしてズレてたというか。夢って”不可能を可能にすること”だと思ってました。飛ぶだけじゃなく、浮かぶとか滑るとか、重力に逆らってスピードを感じるのがいまでも好きです」
高校は推薦で名門・福岡県立明善高校理数科へ。ある夏休みに友達のカナダ旅行についていくつもりだったのだが、何かにつけ前のめりな性格ゆえ、友達より先にホームステイを決行。ホストファミリーに歓迎され、離れがたくなり「だったらカナダで進学したらと勧められ、近くのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)を選びました」(北川さん)
大学では幾何代数と生命科学をダブルで履修し、普通は4年かかるプログラムを3年で終了。ガチガチの理系だったのに、アルバイトで日本史の教授のアシスタントをしていた北川さんは、教授たちの強力な推薦によって大学院では日本史に転学する。
アメリカのプリンストン大学大学院でも、一般的には5年以内の取得が目標とされる博士号をわずか3年で手にした。「やれることはMAXでやりたいほうなので、それを積み上げていったら結果3年で終わった。いつもそうですね」(北川さん)
北川さんがすごいのは、楽しいと思うことはとことんやってしまうところだ。カナダ時代にはアイスホッケー、アメリカに来てからはフィギュアスケート。ピアノは毎日2時間の練習を欠かさず、絵を描くのも趣味。大好きな数式問題を解き始めると寝食を忘れて没頭してしまうので、学期中は自制するという。
「以前、気づいたら寝ないで5日たっていたことがあって、さすがに呆然でした」(北川さん)
博士号取得見込みがついた年に、ハーバード大の講師募集を見つけ、レクチャラ―に就任した。
年若いアジア人女性、教師としてもルーキーの彼女に対する周囲の期待値は最初から高かったわけではなかった。
武士階級の女性の生き方にスポットライトを当てた「Lady Samurai」というユニークな歴史観を打ち出し、知識創造型の学習法〝アクティブ・ラーニング〟を導入することで、学生に興味を持たせようとした。1年目、2年目の体験をフィードバックさせていった結果、閑古鳥が鳴く超エリート大学の日本史クラスが、大人気講義になった。
彼女はこの夏から1年間、イギリス・ケンブリッジにある「ニーダム研究所」で客員研究員として、もともとの専門である数学史の論文を完成させる予定だという。北川さんは新天地に臆さず、軽やかに世界を巡る。
「最初にちょっと試してみるのが私のやり方ですね。ダメだと思ったら帰ってきたらいい。気軽に飛んでみたらいいと思います」(北川さん)
いま内向きになって縮こまっている日本人にこそ、耳を傾けてほしいメッセージだ。