「かつて多くの家庭には家族の思い出と記憶をとどめるために、玄関や応接間などにおみやげを飾るスペースがありました。しかし、今では居住空間の変化とともに、残念ながら昭和みやげたちの居場所が少なくなってしまいました」
こう語るのは、千葉県・国立歴史民俗博物館に勤務する川村清志さん。現在開催中の企画展示「ニッポンおみやげ博物誌」(9月17日まで)で紹介されている昭和みやげの多くは、誰もが「ウチにもあった!」「修学旅行で買った!」と親しみと懐かしさを感じるものばかり。
戦後、多くの人たちが旅行の記念にこぞって購入するおみやげの代表格が、こけし、だるま、土鈴、アイヌ細工、赤べこなどの「郷土玩具」だった。そんな、今では“いやげ物”なんて言われることもある、昭和の家には必ずあったおみやげの数々を紹介。
■木彫りのクマの置物&ニポポのルーツはスイスに!「アイヌ細工」
’60年代に爆発的に売れた木彫りのクマ。大正時代にスイスのおみやげが影響を与えたとも言われる。男女1対のニポポは、樺太アイヌの魔よけの人形と言われている。
■子どもの病いよけ&魔よけの意味を持つ会津の郷土玩具!「赤べこ」
福島県会津地方の郷土玩具。張り子の赤い牛は子どもの病いよけ、魔よけの意味を持つ。16世紀、農家の副業のために技術を伝授したのが始まりとされ、大正時代におみやげとして広がっていった。
■’50年代に誕生し、’70年代に最盛期を迎えた定番みやげ!「ちょうちん」
火袋に太字の地名や景色などの絵柄が描かれている。種類も大きさも多種多様。内部に明かりをともす実用性はなく、和室の鴨居などに飾る商品。’50年代に作られ始め、最盛期は’70年代。
■なぜ将棋の駒の形なのか……謎が深まる“地名みやげ”!「通行手形」
多くは将棋の駒の形をした地名が書かれた木製のおみやげ。江戸時代の通行手形は文書のため、なぜ五角形の木製なのかは不明。’70年代には全国で、現在では石川県などで製作されているという。
■修学旅行で男子生徒の注目を集めた懐かしの品!「ペナント」
細長い二等辺三角形をした布に観光地の絵柄が描かれ、真ん中に地名や寺社名が書かれている。’50年代に作られ、’70年代には飛ぶように売れたが、現在ではほぼ見かけなくなった。
■みうらじゅんが名付けた“いやげ物”の代表格!「“金プラ”」
城、寺、塔など、ご当地建物の金色のミニチュアレプリカ。“いやげ物”という言葉を生み出したみうらじゅんが、金ぴかのプラスチックフィギュアを総称して“金プラ”と名付けた。現在も健在の商品。
「観光ペナント、ちょうちん、通行手形は、はやったのも廃れたものほぼ同時期です。いずれも最盛期は’70年代。ターゲットは主に修学旅行に来た男子学生たちでしょう。全国の観光地の地名が入った同じ形状のおみやげは、コレクター気質をかきたて、コンプリートを目指して、多くの少年たちが収集に熱中したものでした」(川村さん)