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40年以上前のミシンを修理する中真三紹さん=10日、伊江村川平の中真修理工場
(写真・琉球新報社)

 

「おーい、兄貴! これ直せるかなー」「なかまのおじちゃん、古い自転車ある?」と伊江村民の老若男女が頼りにする中真三紹(みつあき)さん(68)は、何でも修理ができる「すご腕」の持ち主だ。時計、鍵、自転車、ミシン、石油ストーブ、家電など中真さんの手にかかればほとんどの物が息を吹き返す。父親の背中を見て習得した技術を生かし、同じ道を歩んで約50年。「尊敬する親父が亡くなった年になったなー。少しは近づけたかな」と笑顔を見せる。

 

中真さんが小3の時、伊江村出身の父・紹男さんは「生まれ育った島に貢献したい」と、那覇市内に構えた一軒家を引き払い、一家で伊江島に生活の拠点を移した。島に初めて大型発電機を持ち込み、自動車修理工場を開いたのは約60年前。自動車の修理にとどまらず、何でもこなした父の姿を見て育った中真さん。小3の頃からハンダづけなどの手伝いをして腕を磨いた。

 

工業高校の自動車科を卒業した後、県内の修理工場で経験を積み、19歳で帰村し、父の仕事を手伝った。先代は約25年前に他界。引き継いだ工場を現在の場所に移転し「中真修理工場」と改めた。今は看板も上げていないが、村民は中真さんを頼りに工場を訪れる。「(三紹さんに)みてもらって駄目なら諦める」と持ち込まれた修理品を前に中真さんの目が光る。数秒後、笑みを浮かべる。「(どこが悪いか)不思議とピンとくる。機械が教えてくれるんだ」と熟練の技と経験で手を入れ、その品々は依頼主のもとで、もうひと働きする。

 

中真さんは「親父から『人が作ったものは人に直せないことはない』と教えられた。これからも島のために頑張っていくよ。元気なうちは遊び心でね」と話した。

 

工場に併設する倉庫には廃材などを組み合わせた発明品も顔をのぞかせている。

 

(中川廣江通信員)

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