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完全な状態で収集された遺骨と「遺骨を遺族に返してあげたい」と語る沖縄鍾乳洞協会の松永光雄理事=1月20日、八重瀬町安里(写真・琉球新報社)

 

八重瀬町安里の壕で31日までに沖縄戦当時の日本兵とみられる遺骨1体が見つかった。頭蓋骨から肩甲骨、尾てい骨、大腿(だいたい)骨、すねの骨、上腕など完全な状態でそろっている。下あごには左右3本ずつ歯も残っている。約30年にわたりボランティアで遺骨を収集している八重瀬町のNPO法人沖縄鍾乳洞協会の松永光雄理事(63)は「戦後72年たってもまだ戦争は終わっていない。1体がきれいに発掘されるのは珍しく、奇跡に近い。できれば遺族に返してあげたい」と話し、情報提供を呼び掛けている。

 

遺骨は、1983年8月25日と26日に琉球新報の連載「戦禍を掘る―出会いの十字路―」に掲載された旧具志頭村安里の「独立混成第44旅団工兵隊壕」の記事がきっかけで発掘された。米軍の攻撃で小隊が全滅し、約30柱が収骨されていない現状を伝えている。

 

子どもの頃、同隊の生存者だった父に連れられ、壕に手を合わせに来ていた60代の男性=那覇市=が、当時の記事を保管。毎年、慰霊の日に参拝に訪れていたが、収骨されたかずっと気になっていたという。

 

男性は松永さんらボランティアに連絡し、18日に一緒に壕を確認。直径約60センチの小さな穴から下に3メートルほど下りると、人骨があった。

 

松永さんらボランティアが収骨作業を実施。水筒や飯ごうのふた、銃弾、陶器の破片、四つ穴のボタンなどの遺留品も見つかったが、名前など身元を特定できる物はない。松永さんは「今回は証言をきっかけに遺骨を収集できた。何か情報があれば教えてほしい」と話した。

 

壕を調査した公益財団法人県平和祈念財団戦没者遺骨収集情報センターの中野修調査員は、壕の形から紙面で紹介された壕とは別のものと見ている。「上腕も左右あり、完全に一人の遺骨だ。遺留品から見ても軍人の可能性が高い」とし、情報の提供を呼び掛けている。情報提供は県平和祈念財団戦没者遺骨収集情報センター(電話)098(997)4123。
(豊浜由紀子)