イラスト・小谷茶(こたにてぃー)
今年の6月、神奈川県の東名高速道路で車4台が絡む追突事故が発生し、2人が亡くなりました。事故発生時、高速道路の追い越し車線に車2台が停車しており、そこに大型トラックが追突。さらにそのトラックに乗用車が衝突する形です。亡くなったのは停車していたワゴン車に乗る夫婦でした。
警察の捜査の結果、交通マナーを注意されて怒った25歳の男性が、高速道路でわざと道路をふさぎ、無理やり車を停止させて発生した事故だということが分かりました。容疑者の男は、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で、10月になって逮捕されました。
容疑者の男は警察の取り調べに対し「ワゴン車が煽ってきたから停車させた」などと嘘をついていたことも分かりました。非常に身勝手で、亡くなった被害者に罪をなすりつけようとする姿勢に、ニュースを見て許せないと思った人も多いと思います。
「容疑者の父」として広がったデマ
今回の事件は交通事故以外にも被害者が出てきてしまいました。 北九州市の建設会社の社長が「容疑者の父親である」とネット上にデマを書き込まれ、それを信じた人が苦情を入れるという「二次事件」が発生しています。 ネット上には、会社名・名前の他にも、自宅住所なども書き込まれ、1日100件のいたずら電話がかかってきたとのことです。
こうしたデマ、誤情報はなぜ広がるのでしょうか。
今回の場合、事件の報道直後に容疑者・容疑者の車に同乗していた女性の個人情報がネットに書き込まれ、それらを「まとめサイト」が記事にしました。 まとめサイトへのアクセス数は広告収入と比例するため、まとめサイト運営側はあの手この手を使い、アクセス数を稼ぎます。
例えば、新聞、テレビなどと同じ内容を報道してもアクセス数が稼げません。それでは新聞社やテレビ局のWebニュースを見れば事足りるからです。 しかし、新聞やテレビが報じない個人情報を載せると、興味を持った人が見にきて、アクセス数が伸びます。 見た人の怒りが高まり「許せません」とシェアされるようなタイトルをつけ、たとえ嘘の情報でも人の好奇心を満たすような内容をまとめる。こうして人々を扇動するデマが出来上がるのです。
新聞・テレビが報じない理由は、取材不足もあるのかもしれませんし、メディアの方針で報じないのかもしれません。 しかし、「事実かどうか確認が取れないから」「明らかに間違っている情報だから」報じないこともあるのです。
しかし、近年は新聞やテレビの報道を信じずに、疑う人も増えてきています。
ここで立ち止まって考えたいのは、単純な「敵の敵は味方」理論で、「新聞・テレビは信じられないから、ネットには真実がある」と思い込むと、情報を見極める視界が曇ります。
もちろんメディアも権力ですので、問題があれば正すように求める姿勢は大事です。 一方で情報の受け取り手の私たちは、どのメディア、情報でも疑いながらしっかり精査することが大事です。
深呼吸して、私刑を避ける
法治国家では警察や司法が法律に照らし合わせ、人を裁きます。 一方、警察や司法が介さない私的な制裁を「私刑」と言います。英語にすると「リンチ」です。
本来、人が人を裁くことは難しいものです。 日本を含む多くの国で裁判は3段階に分けて行う「三審制」が導入されており、間違いがないように慎重な姿勢が取られています。それでも冤罪が発生してしまいます。
「私刑」は人々の感情で動くため、制御することが難しく、とても暴走しやすい構造になっています。
今回、ネットでの書き込みをもとに、「容疑者の父親」とされた北九州の男性のもとへ苦情の電話を入れたり、悪い評判を広めたりした人々の行動は、立派な「私刑」という名の加害です。
紐解くと、北九州の男性は「デマ」「私刑」双方の被害にあったということになります。
ひどい事件や問題を目の当たりにして「許せない!」と怒りがこみ上げてくることは誰しもあると思います。そこでネットで怒りを表明し、私刑に加担すると今度は自分が加害者になります。
思い返しましょう。 高速道路の事故では、交通マナーを指摘されて怒った男性が進路を塞いだことが原因です。
感情が高まった時こそ、深呼吸をして冷静になること、「デマ」や「私刑」をしないネット利用を心がけないといけません。
【プロフィル】
モバイルプリンス / 島袋コウ 沖縄を中心に、ライター・講師・ラジオパーソナリティーとして活動中。特定メーカーにとらわれることなく、スマートフォンやデジタルガジェットを愛用する。親しみやすいキャラクターと分かりやすい説明で、幅広い世代へと情報を伝える。http://smartphoneokoku.net/