(写真・神奈川新聞)

 

横須賀佐島の魚行商で、アイデア料理を顧客らに伝えていた福本育代さんが急逝してから間もなく5カ月。突然の別れに気持ちの整理がつかない人々が今なおいる中、福本さんの遺志が各所で受け継がれ始めた。簡単に、おいしく、楽しく、健康に-。商いと料理を通し、顧客や家族に愛情を注ぎ続けたおかみの思いに共感が広がっている。

 

福本さんは横須賀市の佐島地区に唯一残る魚の行商。夫の忠さんと新鮮な魚介類を届けながら、自身が考案したレシピを教え、「簡単でおいしい」などと評判になっていた。

 

2014年に本紙でレシピの連載を始めると、料理教室の依頼などが続々と舞い込んだ。連載をまとめた書籍「横須賀佐島 魚行商のおかみさんレシピ」が昨年春に出版されると、テレビの情報番組で特集が組まれたり、ラジオや新聞で取り上げられたりした。通信社からの配信を利用する形で、北海道から沖縄まで全国各地の地方紙でも紹介された。

 

流通業から引き合いもあった。京急ストアは福本さんのレシピをクローズアップした販促キャンペーンを昨年秋に実施。企画の背景には「後世に残る名物にしたい」という中長期的な構想もあった。

 

今年も新たな料理教室が決まっていたほか、トークショーの計画なども進行していた。引っ張りだこの人気で多忙な日々が続く中、「おいしい」という言葉と笑顔を励みに走り続けてきたが、2月1日に小脳出血で急逝。74歳だった。

 

福本さんは昨年秋から膝に痛みが出て、亡くなる2週間前には腰痛も加わった。寒さが募り、本調子ではない日々が続いたが、「春になったら、良い動きが始まる」と何度も口にしていた。その季節を迎えることなく鬼籍に入ったが、春になると福本さんの言葉通りに動き始めた。

 

5月には、福本さんのレシピを受け継いだ息子夫婦が、新作メニューを考案しているイタリアンのシェフにひらめきを与える姿などが、テレビ朝日の番組「食彩の王国」で放映された。視聴者から「大変感動しました」「お母さまの大切にされていた料理を私も教わりたい」「孫たちに魚のおいしさを伝えたいと思いました」などの反響が寄せられた。

 

今月は、横浜市が福本さんのレシピを採用した冊子の配布を始めた。朝食の摂取促進を目的にした企画で、フランス料理店「横濱元町霧笛楼」や崎陽軒などのレシピとともに、福本さんの「タチウオのホイル焼き」が紹介されている。料理教室の講師を務めていた同市中央卸売市場本場の推薦を受けたものだった。

 

レシピを通して福本さんが魚食を勧めていた背景には、自身の闘病体験があった。15年前に心臓の大手術を受けた際、「あなたは血管や血液がきれいだったために命拾いをした」と言われた。その経験から、魚を食べて健康になり、元気で長生きし、楽しい人生を送ってほしいという願いを込めていたのだ。

 

福本さんの著書で解説を書いた関東学院大准教授(栄養学部)の菅洋子さんは「栄養学的に魚はとても体に良く、誰にでも食べてほしいが、扱いの難しさから敬遠されがちになっている」と指摘。「福本さんはそれを解決するため、簡単な調理法を考案して伝えていた。福本さんのレシピを活用することで、若い世代に魚好きになってもらえると思う」と期待する。

 

菅さんと教え子は、昨年秋に横須賀で行われた地域交流イベントで福本さんと一緒に料理を作り、参加者にふるまった。福本さんが健在なら、菅さんともレシピを柱に協力していくはずだった。

 

「このレシピをもっと多くの人に伝えるという、(急逝で)福本さんがなしえなかったことを、福本さんのご家族と一緒に私もぜひやりたいと思う。広まり方を楽しみにしていてください」。泉下の福本さんに、菅さんは語り掛けた。

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