「はるかのひまわり」沖縄・北中城で咲く命の尊さ伝え、新たな絆を
「はるかのひまわり」の開花を喜ぶ米須壱成会長(左)と松島俊哉さん=2月21日、北中城村熱田漁港近くのヒマワリ畑

 

【北中城】沖縄県北中城村の熱田漁港近くのヒマワリ畑で、阪神・淡路大震災の復興の象徴とされる「はるかのひまわり」が開花した。村屋宜原青年会がプロジェクトに賛同し、育てている。2月21日、「はるかのひまわり絆プロジェクト」の松島俊哉さんがヒマワリ畑を訪れ、ヒマワリの成長を視察した。

 

「はるかのひまわり」は1995年の大震災で被災した加藤はるかさん(当時11歳)が亡くなった場所からヒマワリが咲いたことに由来する。災害の悲惨さや命の尊さを伝えるため、全国へ種を配布するプロジェクトが始まり、震災復興の象徴とされている。

 

屋宜原青年会の米須壱成会長は、2011年の東日本大震災の映像を見て、何もできない悔しさを抱いたという。村でも防災意識を高めたいという思いからプロジェクトに賛同した。

 

米須さんは「背丈を高くして、日々成長するヒマワリに励まされている。ヒマワリを通して、村内外にプロジェクトを広めたい」と話した。

 

松島さんは「冬に咲くヒマワリは全国でも唯一だろう。沖縄の拠点となり、地域や人をつないでほしい」と期待した。

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