終戦の日の靖国神社前で沖縄戦遺骨収集ボランティアが思うこと DNA鑑定実施を沖縄県外で初めて呼び掛け
「日本の誇りを取り戻そう」と声を上げる他団体に混じって、戦没者遺骨DNA鑑定についてチラシを配布するガマフヤーの具志堅隆松さん=15日午前、東京都千代田区の靖国神社前

 

【東京】戦後74年が経過しても、戦争で亡くなった親族の遺骨が戻っていない遺族は多い。帰ってきた骨つぼにあったのは砂だったという人も少なくない。沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(65)らボランティア約10人が終戦記念日の15日、東京都の靖国神社や千鳥ケ淵戦没者墓苑周辺で、戦地で収集された遺骨と遺族のDNA鑑定を実施することで遺骨が見つかって戻ってくるかもしれないと呼び掛けた。県外で戦没者遺骨のDNA鑑定実施を知らせるチラシを配布したのは、今回が初めてとなる。(滝本匠)

 

「戦争で亡くなった方のお骨ってどうなったと思われます? 70年たっても残っているの?と思われるでしょう。今を生きる私たちに見つけてもらうのを待っています」。具志堅さんに賛同した千葉県在住のボランティアは「戦没者遺骨を家族の元へ」と書かれたボードを胸に掲げ、行き交う人々にそう呼び掛けた。

 

◆遺族の高齢化に焦り

 

具志堅さんは、今回県外での告知行動を初めて実施したことについて「県外出身者の遺族たちにとって、沖縄戦で亡くなった人のDNA鑑定が始まっているということすら、ほとんど知られていない。もう遺族にとっても残された時間がない。県外に住む遺族にDNA鑑定に参加できるんだと多く知らせてほしい」と話した。

 

これまで国が収集してきた遺骨が保存されているが、照合する家族からの申し出がないと、そもそも同定には至らない。遺族の高齢化が進む中、DNA鑑定の周知が足りないとの焦燥感が具志堅さんを駆り立てる。

 

今回は沖縄戦に限定せず、ニューギニア島など南方で戦没した人の遺族も対象としており、南方で親族を亡くした遺族からの問い合わせに具志堅さんは丁寧に応じていた。

 

16日は沖縄で集団申請に集まった84人の名簿を厚生労働省に提出する。

 

沖縄戦で祖父小谷野仙吉さんを亡くした永井真紀さん(48)は既に沖縄で集団申請に署名した。ひ孫まで鑑定の対象になると聞いて、この日は長女の名前も登録、真紀さんの妹の柿沼奈保さん(46)も署名した。「どんな亡くなり方をしたのか知りたくて」。遺族の思いは募る。

 

厚労省は2003年度から戦没者遺骨のDNA鑑定を実施している。沖縄県内で収集され、身元が特定されたのは県外出身者の軍人5人だけ。同省は、県が火葬せず保管する約700体と、県内の慰霊塔・碑内に残る遺骨も鑑定対象に広げる方針だ。

 

◆「英霊」に違和感

 

終戦記念日に靖国神社周辺を訪れたのは初めてという具志堅さん。「沖縄だとどこでもお香がかおって、物静かで沈痛な雰囲気があるが、なんだか、祭りのような感じ」と沖縄の慰霊の日との違いを感じる。

 

軍服に軍刀をささげた人や、日の丸をあしらった服を身につけた人、拡声器で警備の機動隊員をののしる団体、チラシを配布する宗教団体の女性にくってかかる男性―。

 

靖国神社前の配布の隣で、「国の誇りを」などと声を上げる団体を横目に具志堅さんは「戦争や犠牲者に対する見方が沖縄と違う。なんだか、過去の戦争に至る経緯は間違っていなかったというような感じに覆われて、日の丸に埋没しそうな気持ちになる。国家の国民に対する戦争責任が問われず、国民に課した犠牲が追認されているような気分になる」と懸念の表情を浮かべた。そして「ちょっと息苦しいね」とつぶやいた。

 

それでも、戦後の記憶が風化していくと言われる中で「これだけの人が来るんだ」と驚きも感じる。「その向き合おうとする意思は、哀悼の意を表すために来ているんだろうけれど、『英霊』というような言い方でたたえるのではなく、最大限尊重しながらも、それを平和の方向へ向けるようにできればいいが」と話し、大声でやりあう人たちを悲しげな表情でみやった。【琉球新報電子版】

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