防災とサバイバルはイコールじゃない!?みんなで生きる力を備える“防災キャンプ”
災害プラットフォームおきなわの稲垣暁共同代表 画像を見る

 

防災の日にあたる9月1日、大型で非常に強い台風9号が沖縄地方を直撃しました。最大で3万7千戸超が停電し、バスやモノレールなどの公共交通機関も終日運休。倒木や冠水で通行が規制されるなど、県民生活に大きな影響を及ぼしました。沖縄県民は他県よりも台風に慣れていると言われていますが、新型コロナウイルスの流行でこれまでとは状況が異なっています。

 

そんな中、SNSを通じて台風の発生状況や実践的な防災対策などの情報を発信し続ける団体がありました。阪神・淡路大震災を経験した防災士の稲垣暁さんと、全国で被災地支援を続ける有村博勝さんが共同代表を務める「災害プラットフォームおきなわ」です。2019年に那覇市の若狭公民館で開かれた、避難を想定してキャンプする「防災キャンプ」を通じて設立された同団体は、災害時に行政と民間をつなぐ”通訳的役割”として活動しています。

 

今回は稲垣共同代表に防災キャンプの考え方や団体立ち上げの経緯、活動内容を聞きました。

 

―稲垣さんは昔からキャンプのような野外活動をしていたんですか?
神戸には六甲山が広がっているのですが、そこでは昔からハイキングコースを整備したり、スケート場やゴルフ場を作ったりと、野外活動をする場として山を開発する動きがありました。先輩たちが神戸の山を利活用する方法を広めてくれたことで、僕たちは学校や家庭教育、企業のレクリエーションなどで山を利用する機会が多くありました。生活のすぐ近くに山や川、海があるので、子どもの頃からハイキングに行きましたね。ごはんを炊いて、テントを立てて…。その時には、ゴミを捨てて帰らないなど自然環境に負荷をかけないことも徹底して教わりました。たくさんの荷物は持てないので、水や食料など必要最低限のものを持ち歩いてそこで生活をする。こういうことを小さい子どもから大人まで、みんながやっていました。これが災害時にものすごく生かされたんです。

 

―具体的にどのように生かされたのか教えてください
阪神・淡路大震災の時、意外にも僕の周りには生き生きした人が多かった気がします。家も家族も失ったけれど、野外活動での経験を「今こそ本領発揮!」みたいな感じで実践できたから。冷蔵庫にしまっていた超高級神戸牛など、大事にしすぎて食べていなかった食材を持ち寄ってそこでごはんを炊いて食べたり、水もない中、わずかな資源やエネルギーを使って生活の質を落とさない工夫をしたり、自然と一緒に生活を立て直していくということができました。震災当日は「神戸はもう終わった。これは消滅するわな」と全ての人が思ったんです。でも、3年くらいでだいたい立ち直ってきて、予想以上に神戸の復興が早かった気がしましたね。これは、神戸の町に野外活動をする文化があって、山を利活用しながら自然と一緒に育ってきたことがすごく大きいと思います。

 

―コロナの影響でキャンプのニーズが高まっているようですが、これも防災に生かせるのでしょうか
今、ちょっとした防災ブームみたいになっていて、防災=サバイバルという捉え方をされたり、防災グッズを買わなければいけないというようなビジネスの流れに組み込まれたりしているのが気になっています。同じ野外活動に通じるものでも、防災とサバイバルは違います。サバイバルは一人で生き抜くとか生き残るとかそういうイメージがありますよね。でも、災害時は手を差し伸べることや物を持ち寄るということが一番大事なんです。僕らは防災キャンプで「シェアキッチン」と呼んでいるんですが、おうちにあるものを持ち寄ってみんなで分けて食べます。津波や火災でおうちがなくなった人など、物を持って来れない人も含めて、ある物を持ち寄ってみんなで食べる。しかも、熱源は共同管理でシェア。災害時はみんなでその場を乗り切っていくということが大事です。

 

―防災では「共同」、そして「協働」がキーワードになるんですね
実際の災害や防災キャンプで一番勉強したのは、男女共同という考え方です。その場では大人も子どもも高齢者も、それから障がいがある人、何より男の人と女の人が対等に役割を持って作業をします。その時に、役割分担というのか、ジェンダーで区別するようなケースが起こらないんです。野外活動では率先して動くということが常に求められるので、何か自分にできることがないかと常にアンテナを張って、気付いたらさっと動くということを学ぶことができます。これが災害時に一番役に立つことなんですね。「協働」は、多様な主体が率先して力を合わせるという点で、災害時とキャンプの両方に共通する考え方なんです。

 

この文化は沖縄にもあると思います。戦前から戦中戦後、特に戦争を通じて生活がゼロ以下になった時、身近なものを活用して、持ち寄って、熱源をシェアして…というような流れがこの75年の中にありました。沖縄の自然と一緒に生き、手を差し伸べ合ってきた人々の原点に立ち返って、沖縄で防災を実践していく。沖縄の文化、生活の中にある知恵を生かせるようなことをしたいと思い、防災キャンプという形になりました。

 

―防災キャンプはどんなメンバーが参加していますか。
防災キャンプは、キャンプが大好きなメンバーと、僕みたいに災害経験があったり災害支援を中心にやってきたりしたメンバー、それから地域連携などコーディネートが得意なメンバーが集まって防災キャンプというシステムができました。最初は那覇市の若狭公民館を拠点にしたので那覇市を中心に開催してきたのですが、いろいろな自治体や団体が「うちもやりたい」と言ってくれて、活動が広がってきています。防災キャンプのメンバーが中心になるのではなく、その自治体や団体が運営できるように後方支援する形をとっています。

 

防災キャンプの一番の哲学は「自己完結」です。自分たちで全てのことを完結できるように食べ物を持って行き、ゴミは出さないで自分できちんと処理をする。寝るところも自分の責任で作る。基本は自己完結にしているけれど、当然、社会的弱者のケアも一緒にやっていくという考えです。これがベースになって、防災キャンプの考え方を理論化したり実践にうつしたりしたいということで、2020年8月に社団法人「災害プラットフォームおきなわ」を立ち上げました。災害経験や支援活動、各専門分野の知見を生かして、防災の情報を県民に伝える活動をしていく予定です。

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