■「死ぬんだったら、畳の上で」
別れを告げに来たという古賀さんの旧友も本誌にこう語る。
「『いつか死ぬんだったら、俺は畳の上で』と話していました。だからそれを果たして本望なのかなって。でも若すぎますよね」
理髪店を30年以上営んでいるという男性は、棺内の故人の髪を整えたという。
「少しでもハサミを入れればご遺族もわれわれの気持ちも落ち着くと思ってね。最後に2人の息子さんが心を込めて、彼に『古賀塾』の道着を着せたと聞きました」
前出の旧友は微笑んで続けた。
「ご長男が先ほど、遺体の前で『古賀塾を継ぐのは僕ですかね』と、わざとおどけて話していました。彼はまだまだパリ(五輪)を狙える現役の柔道家ですからね。引退後、いつかは父親の思いを継いでくれるとは思います」
環太平洋大学女子柔道部の総監督も務めていた古賀さん。ともに指導した矢野智彦監督は言う。
「コロナの影響でお見舞いに行くことはできなかったんですが、毎週電話でお話はしていました。選手たちも動揺していましたが、古賀先生は前向きな方でしたので、先生を見習い“みんなで前向きに進んでいこう”と話をしました」
「女性自身」2021年4月13日号 掲載
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