■「僕が頑張ればお父さんの病気も…」
スポーツ紙記者は次のように語る。
「家事もお父さんがすべて担当しており、朝練のときもお父さんに起こしてもらっていたそうです。しかし鍵山選手が中学3年生だった’18年に試練が訪れました。正和さんが脳出血のために入院してしまったのです」
それまで練習も父の言うとおりにこなしていればよかった鍵山選手も変わらざるをえなかった。
「お父さんに指導してもらったことを思い出しながら、自分で練習メニューも考えて滑るようになったそうです。練習中の動画を病床のお父さんに送って、アドバイスをしてもらう日々が続きました」
鍵山選手を支えていたのは父への思いだった。当時の彼はこう語っていたのだ。
「僕が頑張れば、お父さんの病気も治りますよね」
半年後に退院した正和さんは、たくましくなった息子の姿に驚いたという。
「いまも正和さんはリハビリを続けており、今回の世界選手権後に帰国する際の空港では、鍵山選手が車いすを押していたのです」(前出・スポーツ紙記者)
“自分が活躍すれば父の力にもなるはず”……、北京五輪出場を目指す鍵山選手の滑りには、感謝と願いが込められている。
「女性自身」2021年4月20日号 掲載
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