羽生結弦の“同期”として過ごした競技人生 引退選手明かす
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「“もう充分だな”と思う瞬間がないまま、引退を迎えました。でも“まだまだだな”って思ったままで終わることができたというのは、アスリートとして、スケート選手としては幸せなことだったと思います。ゆづもきっと、いつか引退するとき、100%の満足はしないんじゃないかな」

 

そう話すのは今年の3月でフィギュアスケートの現役を引退した日野龍樹さん(26)。羽生結弦選手(26)と同年齢で、同じく同期の田中刑事選手(26)らとともに、幼いころから切磋琢磨してきた。そんな日野さんに羽生選手についてお話を伺った。

 

「同い年ですし、仲良しです。ゆづは、おもしろいやつですしね(笑)。同期としても大事な存在です。昔は試合によって、僕が勝ったり、ゆづが勝ったり、という時期もありましたが、どちらが勝っても負けても“じゃあ次も頑張ろう”という感じで励まし合ってきました。競技人生の後半は、僕が圧倒的に追いかける形になりましたが、彼がいてくれるから頑張ろうと思える、ありがたい存在でしたね」

 

日野さんが羽生選手と出会ったのは、小学生のとき。

 

「小学校4年生のとき、合宿で一緒になって。そのとき初めて面と向かってしゃべりました。宿泊する部屋は別だったんですが、ゆづが僕らの部屋に来て。僕のルームメイト2人が見たいテレビ番組が別でちょっともめていたんです。『ヘキサゴン』っていうクイズ番組と、サッカーの日本代表の試合のどちらを見るかという話し合いを4人でしていたんですが、“なんで羽生もいるんだろう”って思ったのを覚えています(笑)。

 

ゆづはどちらを見たいというわけでもなく、どっちの意見も聞いて、何で見たいか、何時に終わるのとか、全部聞いていて。なにか話していたかったんでしょうね(笑)。番組が決まったら観ずに、自分の部屋に戻っちゃいましたから。“帰っちゃったよ”って思いました(笑)。とにかく明るくて、元気で、よくしゃべるな、という印象でしたね」

 

同世代の選手たちはみんな仲が良かったというが、交流は主に試合のとき。

 

「みんな住んでいる地域が違うので、ふだん遊びに行くということはできないんですよね。一緒に海外の試合に行ったりしたら、ご飯を食べに行くときに一緒に行ったり、そういう思い出はあります。プライベートでどこかに出かけた思い出はないですが、いつか行ってみたいですね」

 

引退したばかりの日野さんだが、7月から“会社員”の道を歩む。フィギュアスケート指導者の道は、あえて選ばなかった。

 

「本当にスケートを教えたくて仕方がない人が教えるべきで、今までスケートをやってきた流れで指導者をやる、というのは僕は嫌でした。それに今までスケートという殻の中で生きてきてしまった。きちっと社会に出て、人生の本当の難しさを知りたいなとずっと思っていたので、“スケート関係の仕事”という選択肢も自分のなかにありませんでした。ただこれからの経験を経て、数年後にまたスケートをかじっているかもわからないです。絶対なんてないですからね」

 

引退を決めるまでの日々のなかで、周囲の同世代が辞めていく寂しさや、肉体的な限界を感じることがあったという。同い年の羽生選手も同じような大変さや辛さを感じていそうだが――。

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「ゆづも、あると思いますね。同期がいるというのは心の支えになりますから、僕が引退したことで、もう(田中)刑事とゆづ2人でお互いを励まし合っていくしかないので申し訳ないですけれど……。“先に辞めてごめんね”という気持ちと、逆に“僕のぶんもよろしく”という気持ちもあります」

 

羽生選手は北京五輪に出場すると思うか、そこでネイサン・チェン選手に勝てると思うか、という本誌の問いに「当然出ると思います、目指さない理由がないです」「ゆづが自分の持っているものを最大限に出したら勝てると思います」と、日野さんは即答する。羽生選手と“引退”についての話をしたことはあるのだろうか。

 

「ないですね。だから、ゆづがいつまでやるのかは、わからないですけど、とにかく体調とケガに気をつけてやってくれれば。彼のスケートが好きですし見ていたいなとも思う一方で、ストイックすぎるので休んでほしいっていう気持ちもあります。どこかで区切りをつけてやってほしいとも思いますけど、まだいけると思ったら“もう一年”“もう一年”とか言いだしそうでもありますよね。

 

とにかく彼がやりたいようにやってくれれば、と思います。来年でも、再来年でも、そのあとでもいつでも、本人のタイミングでスケート靴を脱ぐという決断をするのならば、そこまでは、全力で応援し続けます」

 

日野さんから羽生選手にかけたい言葉を聞くと――。

 

「『頑張れ』とかそういう言葉は、もう何千回、何万回、何兆回言われていると思うんです。僕から改めて『頑張って』ということはもう滅多にないと思います。言われなくても頑張りますから、ゆづも(田中)刑事も。ですから、何年後になるのかわからないですけど、きちっと最後を迎えられたら、そのときに『お疲れさま』という言葉をかけてあげたいですね」

出典元:

WEB女性自身

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